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835:バイオ&サイバー


 ルードの案内を受け、魔法生体化学研究所とやらの石門を抜ける。

 こじんまりとした前庭には、ろくに手入れもされてなさげな貧相な木々が、まばらに植えてあるだけ。あまり、このあたりの体裁には気を使ってないようだ。


 ルードは、亜麻の長衣を翻して、悠々と玄関口へ進む。俺はその後について歩いているのだが……。

 ツァバトはまだ俺の胸にしがみついたままだ。半裸で。


 なんか、このポジションが気に入ったらしく、えらく機嫌がいい。

 しかしなぜ、ずっとかぼちゃパンツ一丁なのか。もういちいち突っ込む気にもならんので放置している。


「さ、お入りください」


 玄関は、無闇に頑丈そうな両開きの鉄扉。それを無造作に開いて、ルードは俺たちを中へ招き入れた。

 白い壁と天井のエントランス。床はよく磨かれた大理石。


 あちこちに開いた窓から、ふんだんに外光を採り入れており、明るく、清潔感のある空間になっている。

 どこぞの魔法工学研究所とは、えらい違いだ。


 ……と感心したのも束の間。

 ルードに促されるままエントランスを通り抜けると、いきなり暗く長い廊下が、ずっと先まで伸びていた。


 幅は広く天井も高いが、飾り気は一切ない。

 貧相な魔力球が、一定間隔で左右の石壁に取り付けられており、かろうじて足元が見える程度の照明になっている。


 床は板張りで、歩くと、不自然なほどギシギシと軋む。


「ああ、この床は、そういう仕掛けになっているのですよ。侵入者対策でして」


 と、ルードが説明する。いわゆる、うぐいす張りってやつかね?


「同時に、脱走者対策でもあります。ここでは、実験途中で逃げ出そうとする被験体も少なくないもので」


 対策が必要なほどの脱走者が出る研究施設。

 それはいったいなんの実験で、被験体とは何者なんだろうか……。詳しく聞いてみたいような、聞きたくないような。


 長い廊下の途中、右側に鉄製の扉が五……いや六つ、並んでいた。

 いずれも格子付きの覗き窓が付いており、それらの扉の前を通りかかると、呻き声やら啜り泣きやらが洩れ聴こえてきた。


 なんのホラーだ、この状況。


「お気になさらず。失敗した被験体を収容しているだけですので。あれらは、もとはエルフの罪人などですが、もう原型はとどめておりませんよ」


 涼しい顔で、えぐい解説を述べるルード。人の心とかないんか……いやこいつ人じゃなかったわ。

 さすがに詳細を聞く気にはならんので、先を急ぐとしよう――。


 ツァバトは、にこにこ笑顔で、ただ俺の顔を見つめている。

 これまた表情からは思惑が読みとれん。なんでそんな嬉しそうなのか……。





 長い長い廊下の突き当たりは、これまた無駄に頑丈そうな、特大の両開きの鉄扉。

 ルードは、そのぶっとい鉄の閂を軽々と引いて、扉を開いた。


「さあ、こちらです。どうぞ」


 言われて、ルードとともに、内部へ踏み込む。

 むちゃくちゃ広い空間だった。


 第一印象は、学校の体育館。

 実際、限りなくそれに近い外観と構造を擁する空間になっていた。


 内壁の上方には張り出し部分があり、おそらく奥の階段から、そこへ上がることができるのだろう。この張り出しは、ぶ厚いカーテンのかかった大窓とセットになっている。このへんが、いかにも体育館っぽく見える要因だろう。

 天井も高い。多数の大型魔力球がびっしりと配置され、屋外並みの照明を降り注がせている。


 床は板張りではなく、黒い鋼鉄板に覆われている。とんでもなく頑丈そうだ。

 そして――その床の上、広い空間の中央部は、ちょうど大型冷蔵庫ぐらいの大きさと形状の、黒い筐体がずらりと並んで占拠していた。ざっと見渡して、ええと……三、四百個ぐらいはある。


 どの筐体も、オレンジや青のLEDらしきランプをチカチカ点滅させていた。

 それら筐体の大群と繋がる無数の配線類が、床上をぐるりと波打ち巡って、彼方の壁面へと接続されている。


 ……これはあれだ。

 俺の出身世界の、いわゆるスパコンそのものじゃねーか。


「問題なく稼動しておるようだな」


 と、それまで無言だったツァバトが、ふと口を開いた。


「ええ。演算結果は、奥の部屋のモニターに出るようになっています」


 ルードが、これまた当然のごとく応える。

 さらにツァバトが、ニッコニコな笑顔で解説を始めた。


「これはな。汝の世界のスーパーコンピューターを参考にして、我が構築した、有機魔力演算装置だ。あのユニットひとつあたり、三個の培養生体脳が収まっておってな。全てのユニットを接続することで、秒間最大四十京回の計算能力を発揮する」


 やっぱスパコンか。ただし、そのものではなく、あくまで参考にした、ということらしいが……。

 ってちょっと待て、有機魔力……生体脳?


 そもそもなぜツァバトがスパコンを知っている?


「スパコンについては、以前、アイズの記憶を覗かせてもらったときに知ったものだ。あやつの記憶には、ほかにも色々と参考になる知識が多くてな。実に興味深いものだったぞ」


 アイズ……アイツか。そういやツァバトは、この世界に渡ってきたアイツと最初に遭遇し、その際にアイツの「天命」を奪りあげるかわりに、願いを叶えるという契約をしたんだったな。

 そのついでに、アイツの記憶を覗き見して、俺らの世界の知識を引き出した、と……。


 さすが叡智の大精霊様ともなると、それくらいの芸当はお手の物ってか。

 しかもアイツは俺の死後、都内の一流大学に進んでいる。あっちの世界における経験、見聞、知識、いずれも俺よりずっと多くのものを持っているはずだ。国産スパコンの関連知識くらいはあるだろう。


 だが、CPUのかわりに脳味噌入ってるとか、どうも想像以上にグロい代物になってるな……。

 その脳味噌、どこからどうやって調達したものか。


 ここは天下のディストピア、北霊府。つまり……。

 いや、これ以上考えるのはよそう。今はそこに突っ込み入れてる場合ではない。


 ツァバトは、ふと真顔に戻って告げた。


「この演算装置が、かのオーバーロードを救う一方のカギとなる。もう一方のカギは、むろん汝だ」


 このグロいスパコンもどきが、チーを救うカギ、ねえ……。

 でもって、俺に何をやらせるつもりだ、こいつら。





次回更新は4月4日(木)0時を予定しております。

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