833:色鮮やかな紅葉
チーの死因について、ツァバトはもう把握しているらしい。
昨夜、チーは例のちび妖精ブランと意気投合し、かなり遅くまで話し込んでいたようだ。
深夜、ブランは別室で宿泊中のレール、アロアたちのもとへ戻り、チーは自室でもある研究室へ入った。
早朝、ふと、ツァバトが異変に気付き、勝手に俺の部屋に入って、俺の帰りを待っていたのだとか。
ツァバトは、この城内の連中の動向をだいたい把握している。
叡智の大精霊の名は伊達ではなく、俺とスーさんがウメチカへ移動したのも、アロアとレールがリネスを巻き込んで夜更けまで、くんづほぐれつ、ツイスターゲームに興じていたのも、すべてお見通しだとか……って何やってんだあの三人。
ただ、俺にしてみれば、死因はぶっちゃけどうでもいい。ようは蘇生が可能かどうかだ。
その鍵というべき北霊府の件の研究所は、ルードが設立運営していた場所だという。
例の完全物質を用いた人体実験の現場だったのだろう。今はルザリクにるレマールやクララなんかは、その披験体というか犠牲者というか。
「そういうことなら、その完全物質とやら、ルードに取りに行かせればいいんじゃないのか?」
転移する前に、そうツァバトに訊くと。
ツァバトは、俺の胸にがっしとしがみつき、くんかくんかと嗅ぎながら、ウットリ顔になっていた。だからなぜ嗅ぐ! なんなんだよその表情は!
「あー、この匂い、たまらん……あやつなら、もう現地におるぞ。汝が来るのを待っておるはずだ」
なんともいえぬトロトロ顔で応えるツァバト。さながらヤベェ薬でもキメてるみたいな。
リネスもよくこれをやるが、俺の匂いに、いったい何があるってんだ……。
それはともかく、ルードはすでに北霊府へ移動している、と。
そのうえで、俺もあっちへ行く必要がある、ということらしい。
なら行くしかない。だがその前に。
「スーさん」
「はっ」
「このことは必ず伏せておいてくれ。問題が解決するまで、この部屋を閉鎖して、誰も中に入れないように。チーへの面会希望は、多忙につき謝絶。そういう形で」
「承知しました」
スーさんは恭しく一礼した。
いまチーはスーさんとともに、魔王城の物心両面の柱というべき存在。それが死んだなどと聞こえた日には、城内の動揺混乱、目も当てられない状況となるだろう。
いらぬ混乱を避けるため、チーが復活するまで、事実は伏せておいたほうがよい。そんな判断だ。
「よし……では転移するぞ。北霊府だったな」
俺が声をかけると、ツァバトはまだガッシと俺の胸に全身で貼り付いたまま、コクンとうなずいた。
「北霊府の近郊ならば、どこでもよいぞ。あとは研究所まで、上空を飛んでゆけばよい」
「なら、いくぞ」
「うむ。ぬぷっと行くがよいぞ」
その擬音は、なんか不適切だな……。
北霊府を直接訪れたことは、これまで一度もない。
近郊の上空を通りかかったことはある。ちょうどボッサーンらと戦端を開いたぐらいの時期。
中央霊府へと続く運河の畔に、北霊府の軍隊がキャンプを展開していた。
俺に同行していたアズサが、口から火を噴き、五千人からの軍勢を焼き尽くして、一瞬で殲滅してしまった。
軍勢を率いていた霊府の責任者モーレイも、それに巻き込まれて死亡したようだ。
その後、北霊府は内戦状態に陥り、現在も紛乱はおさまっていない。それも実は俺のせいだったりするが、そこはともかく。
転移先は、その運河の畔、上空千メートル。北霊府までは、ほんの指呼の間。
南を眺めれば、中央霊府もかすかに見える。
転移直後、俺はふわふわ浮かんで高度を保ちつつ、周囲の状況を確認した。
さいわい天候は穏やかで、空高く薄雲がかかっている程度。飛行に支障はなさそうだ。
地上の様子も、ここから見る限りでは、特に変事もない。
「ほう、こんなところに出たか」
浮遊する俺の腕に抱きかかえられた格好で、ツァバトが呟いた。
「いつまで、しがみついてんだ。おまえ普通に空飛べるだろうが」
と声をかけると。
「よいではないか。こうしておるほうが、魔力の消耗を抑えることができるのだ。なにより、汝の腕の中は、じつに快適なのでな」
しれっとツァバトは応えた。もう好きにするがよいわ。ツッコミ入れる気力も失せてきた。
「それでは案内してやろう。ルードの研究所へ。まずは城壁の北西……あのあたりを目指すのだ」
ぴっ、と地上のほうへ指をさし、ツァバトが指図してきた。
見れば、その先には、以前にクラスカらのシミュレーターの映像で見たおぼえのある、北霊府のごつい外壁がそびえていた。
エルフの森ではきわめて珍しい石造りの防壁だ。翼人との戦争の最前線という立地ゆえに、防御力最優先という、見るも武骨な構造になっている。
その壁の内側沿いに、件の研究所があるという。
高度を落としつつ、ゆっくりと、北西の外壁を目指す――。
壁の外側は色鮮やかな紅葉に染まる森林。こんな時でなければ観光に来たいぐらい見事な景観だ。
その森の一隅に、もそもそ動く、複数の影がある。
何かと見ていると――突如。
バサッ! と一斉に翼を広げて飛び上がり、まっしぐらにこちらへ向かってきた。キョエエエエー! とかギャアアアー! とか奇声をあげながら。
おお。異世界の食用ドラゴンことナーガだ。
近頃あまり見ないと思ったら、北霊府の森に住み着いてやがったのか。
数は、三……いや、五匹いる。完璧にこちらを敵と認識して、襲い掛かってきたようだ。
……といっても、今更、こんな雑魚どもと真面目に戦う気にもならん。適当に蹴散らして、先を急がねばな。




