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829:褐色の子豚さん


 二人の案内で警備隊の庁舎に入り、本棟を素通りして別棟へ向かう。

 この警備隊別棟こそ、ルザリク拘置所である。本棟に見劣りしない、がっしりした木造三階建ての大型建築。


 もっとも、最近はそもそも犯罪が皆無で、ここに収容されている者も、そう多くないのだとか。

 過去の凶悪犯罪による長期裁判中の容疑者が何人かいるだけ。


 サリスは当初、本棟地下の留置所に放り込まれていたが、その後、検察部の取り調べを経て、テロ容疑で起訴されることとなり、この拘置所のほうに身柄を移された。

 ルザリク拘置所はあくまで一時収容を目的とした検察部の施設であり、規則は緩く、環境は清潔快適で、食事もうまいらしい。これは俺がルザリクを掌握するよりずっと以前からある伝統的方針だとか。日本の拘置所とはえらい違いだな。


 一方、懲役囚を収容する刑務所は、ここからだいぶ離れた運河沿いにあり、俺も何度か視察に行ったことがある。これまた快適な環境で、食堂のメシも実にうまかった。

 ただ、なにせ懲罰施設なので、規則や労働規定などはさすがに厳格に管理されており、拘置所ほど、のびのびと過ごせるわけではないらしい。当たり前だが。


 総じて、ルザリクに限らず、エルフは人間に比べると犯罪者に甘い。

 もともと人口がそう多いわけではないし、エルフは長命だが繁殖力の低い種族でもある。無闇な厳罰で人口を減らすよりは、隔離して労働でもさせておけばいい、という発想だろうな。


 そんなエルフ独特の事情を背景とする、緩々な環境。そこに収容されたサリスが、どうなったかといえば――。

 拘置所内の面会室にて。


「久しぶり……というほどでもないですね。何の用ですか」


 拘置所職員に連れられて入室してきたのは、見事にふくよかな、褐色肌の子豚さんだった。なんかちょっと不機嫌そうなご様子。


「快適に過ごせているようで何よりだ」


 と俺が応えると、サリスは、ぷっくり太った頬を、むぅっと膨らませた。むむ、これはこれで、ちょっと可愛い。


「暇なんです。ゴハン食べるくらいしか、することがないの」

「そうか。もし釈放されたら、おまえはどうする?」


 俺がそう言うや、ぱっと、サリスの表情に明るい色が差した。


「釈放してくれるんですか?」

「そうだ」


 サリスは以前、ルザリク北門において、破壊活動の片棒をかついでいる。それも火付け。

 放火は単純な殺人より罪が重い。おそらく、どこの世界でもそうだろう。木造建築が基本のエルフの森ではなおさらだ。


 とはいえ、その件に関わった六将もボッサーンも血蛇団も、もうすべて俺が滅ぼしてしまっている。残った小娘一人に罪をおっかぶせても、今更見せしめにもならん。

 さいわいまだ起訴には至っていないし、今ならどうとでも理由をつけて、不起訴処分にできよう。


「とはいえ、おまえのため、というわけでもない。おまえの母親のためだ。さっき会ったんだが」

「えっ、ママに? あなたが?」

「ああ。どういうわけか、もうおまえが死んでいると思い込んでてな。精神的に、ずいぶん不安定な状態になっていた」


 なにせ、おかげで巡り巡ってアナスタシア……俺の母親が呪われて、ぶっ倒れる事態になったわけだしな。


「そんなことになってたなんて……。ママに会える?」

「おまえが望むなら、すぐにでも」

「お、お願いします! ママに会わせてくださいっ!」

「俺はかまわんが……その姿では、ちょっと、どうだろう」


 なにせ激太り中のサリス。顔も四肢も、ぷよんぷよん。脇下の贅肉は二段に垂れて、下腹もぷっくりと肥えて、突き出ている。


「う、うー……さすがに、恥ずかしい、かも」


 サリスは、頬赤らめて、うつむいてしまった。

 激痩せのほうは、俺の治癒魔法で復元可能だった。ついさっき、メイヤー未亡人の屋敷の使用人らを、それで回復させているからな。


 ならば激太りも魔法で治せるだろうか?

 ……試してみるかね。





 治癒魔法は、肉体的なダメージや異常を、正常な状態に引き戻すものだ。

 栄養失調による激痩せは、餓死に直結する肉体的ダメージという判定であり、治癒魔法でも効果があった。


 サリスの肥満は、ダメージではない。むしろ正常すぎるというか。そのまま治癒魔法をかけても効果は見込めまい。

 ならば、どうするか。


 ……以前、いわゆる七仙の一体、光仙アンジェリカが、俺に特殊な魔法を仕掛けてきたことがある。病毒魔法というやつだ。

 厳密には、即死級の病毒魔法を凝集した錠剤を飲まされた。常人なら百回ぐらい死にそうなやつ。俺ですら、まったく平気とはいかず、少々頭痛や胸のムカつきなどを感じた。


 で、今の俺ならば、あのときアンジェリカが用いた四十七種の病毒魔法を再現することも可能だ。なにせ、錠剤という形で、この肉体に直接刻み込まれた術式なので、普通に記憶してしまっている。

 ただの勇者だった頃なら、そんな芸当はできなかったろうが、あの当時、すでに俺は精霊化に片足突っ込んでいたので。


 掛かれば一気に痩せ衰え、死にまで至る病毒魔法。これをひとつ、サリスにぶち込んでやるとしよう。

 何がいいかな。やはり内臓系が効果が高そうだ。


 サリスは、不安げな顔で俺を見上げている。俺がこれから何をしようとしているか、まだ理解できていないのだろう。


「心配するな」


 俺は告げた。


「なに、つらいのは一時のこと。やさしくしてやるから」


 俺は右手をスッと差し上げ、詠唱をはじめた……。



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