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083:躍る巨影

 ビワー湖の西岸から、湖水に寄り添うように、ゆるやかなカーブを描いて北岸へと伸びてゆく赤土色の街道。

 ガラガラと車輪の音も高らかに、箱馬車はのんびりと進んでゆく。予定の行程よりずいぶん遅れているため、もっと急ぐべきところだが、このあたりは少々道が荒れていて、あまり速度を上げると馬や車輪に負担がかかる。じれったいが、じっくり行くしかない。


 ガタガタ揺れる車内で、俺は地図を広げて現在地を確認した。

 ダスクを出発して丸一昼夜ほど。すでに馬車は湖の北岸へさしかかりつつある。窓から見える景色は風光明媚だが単調だ。進行方向から見て右手がビワー湖、左手には松林。地図を見ると、付近に中継地となる駅亭はいくつか散在しているが、集落のたぐいは一切無いようだ。時折、松並木の向こうや湖岸沿いに、ぽつりぽつりと人家らしきものが見える程度。


 道の状態が悪いのは、そもそもあまり使われていないからだろう。ダスクの連中も、西霊府や移民街との往来はあるが、こっちの方角へ出向く者はほとんどいないという話だ。東岸にはアメンダという漁村があり、北岸にもいくつか小さな集落があるそうだが、それらへ行くにも船で渡ったほうが早いので、わざわざ沿岸の街道を通る必要はないんだとか。


「アークさま。今日のお夕食、何になさいます?」


 手綱を操りつつ、ルミエルが声をかけてくる。俺はちょっと首をかしげた。


「魚は、全部食っちまったしなあ。といって、イモも……さすがに、飽きた」

「でしたら、キノコ料理なんていかがでしょう?」

「そんなの馬車に積んでたっけか」

「いいえ。でも、松林には色々な種類のキノコが生えていますよ」

「ああ。なるほど。じゃあ今日の晩メシは、キノコ鍋にしようか」

「ええ、そうしましょう。まずはキノコ狩りですね」


 話はまとまった。ルミエルがさっと手綱を切って、街道の脇に馬車を停める。手近な松の幹に轡を繋いで、さっそく二人で松林にわけ入ってみた。

 赤松の単相林には様々なキノコが共生している。なんといっても松茸が筆頭格だが、他にもショウロとかシモコシとか、食用キノコが目白押しだ。


 薄い木漏れ日の下、二人でやわらかい土を素手で直接堀り起こし、見つけたキノコを手当たり次第にカゴに放り込んでいく。松茸は残念ながら、生えてないようだ。時期が悪かったんだろうか。


「わ、これ、可愛いですね!」


 ルミエルが嬌声をあげながら指さしたのは、ぽつねんと地面に突き立つ白いキノコ。


「まるでアークさまの……ふふっ」


 なにニヤついてますか貴様。ルミエルは迷わずその白キノコをぐっと掴んでもぎ取り、カゴに放り込んだ。たしかあれ毒キノコだった気がするんだが。

 他にも、見るから毒々しいファンシーな色合いのやら、なにやら粘液にまみれた気色悪いのなんぞも、ルミエルは見境無くひっ掴んではカゴに入れていく。二人がかりで、どんどん付近のキノコを取りつくし、あっという間に二つのカゴが満杯になった。


 存分にキノコ狩りを楽しみ、荷台にたっぷり収穫を積み込んで、俺たちは再出発した。次の駅亭も近い。そこで晩メシにしよう。

 日はだいぶ西へ傾いている。道はゆるい下り坂。


 窓から顔を出すと、晴空の下、視界の彼方に、もう駅亭の茶色い大屋根が見えている。同時に、屋根のそばから細い煙があがって、空へたなびいている様子も見て取れた。先客でもいるのか──と思いきや。

 駅亭の大屋根が、ゆっくりと傾きはじめている。目の錯覚かと思ったが、そうではなかった。


 何事かと思う間もなく、大屋根はみるみる横倒しになり、あっさり倒壊してしまった。たちまち、ぶわっと土煙が巻き上がり、同時に鈍い衝撃音が聴こえてくる。


「アークさま……!」


 ルミエルが困惑気味に、顔をこちらに向けてきた。


「柱が折れたみたいだな。あるいは、何者かがへし折ったか。ともかく、慎重に進もう」


 馬車が現場へ近付くにつれ、たちこめる砂ぼこりのなか、なにやら巨大な影が、忙しく動き回っているのが見えてきた。視界が悪く、まだはっきりとは判別できないが、あのシルエットには見憶えがある。

 体高六、七メートルほどの人型。胴回りは細いが、両腕はかなり太い。


「ロックアーム……」


 俺は思わず呟いていた。間違いない。あれはフィンブルの野郎が作ったゴーレムもどき。あれが駅亭を破壊した張本人か。だとすれば、このまま馬車を進めるのは危険だ。


「ロックアーム?」


 ルミエルが首をかしげる。


「西霊府の手前で出てきたやつだ。まさか、こんなところで、また見ることになるとはな」


 応えつつ、車内の隅に転がってるアエリアを、鞘ごと掴んで腰のベルトに引っかける。ロックアーム自体は、アエリアを抜くまでもなく潰せるだろうが、問題はフィンブルだ。どうせ近くにいるだろう。場合によっては、アエリアの魔力が必要になるかもしれない。


 ──ウニャー。


 えーい、この寝ぼすけが。さっさと起きろ。


 ──コロコロスル?


 まだわからん。いちおう、起きててくれ。


 ──ッシャオラァー!


 叫ぶな。


「ルミエル。馬車を止めろ」

「わかりました」


 ルミエルはぐいと手綱を引いて、馬を止めた。


「ちょっと行ってくるからな。いい子で待ってな」

「はい、行ってらっしゃいませ。なるべく早めに帰ってきてくださいね。おいしいキノコが待ってますよ」


 にっこり微笑んで応えるルミエル。早めに済ませられればいいんだがな。相手は瞬間移動の使い手だ。油断できん。

 俺は箱車を飛びおり、砂埃の向こうに躍る巨影めがけ、駆け出した。



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