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824:ふくよかな頬


 メイヤー未亡人の屋敷へと踏み込んだ、俺とスーさん。

 俺が先に立って、スーさんを背にかばい、押し寄せる瘴気を受け止め受け流しつつ、じっくりと歩を進めていく。


 玄関ホールの先に伸びる、一階の直廊。

 見えざる瘴気は、その奥から流れてきていた。


 玄関付近は魔力球の照明があったが、廊下に入ると真っ暗だった。むろん、俺やスーさんの視力ならば、さほど問題ない。

 まっすぐに奥へと伸びる廊下。床は石材だろうか。靴音がやけにカツカツとよく響く。


 天井はかなり高く、よくよく見ればシャンデリアが点々とぶらさがっている。明りは灯っていないが。

 左右の壁には、おそらく使用人らが起居する小部屋のドアと、額縁入りの絵画のたぐいとが、一定間隔で据えつけられている。絵画は肖像画もあれば風景画もある。メイヤー夫人の趣味なのか、それとも夫人が引っ越してくる以前からあったものなのか、そこまでは判別がつかんが。


 進むほどに、いよいよ瘴気が強まってきた……。

 と、前方の床に、なにやら黒い影のようなものがうずくまっている。


「陛下」

「ああ。わかってる」


 ささやくように呼びかけてくるスーさん。俺は相槌を打ちながら、つと足を止めた。

 うずくまっていたのは人間である。それも女。服装から、この屋敷の使用人のようだ。


 頭を抱えて、ぷるぷると全身を痙攣させていた。

 俺たちの気配を感じ取ったか、がば、と顔をこちらに向けてくる。


 ほぼ肉が削げ落ち、骨と皮だけになっている、痩せこけというにもほどがある青白い顔に、両眼だけをギョロリと剥いて、見るから壮絶な表情。

 こりゃホラーだ。常人が見たら失神するレベル。


 とはいえ、俺はある程度、こういうのも耐性がある。スーさんも同じく。なんなら魔王城には、もっと怖い顔のアンデッドどもがゴロゴロいるし。

 俺が平然と歩み寄ると、使用人の女は、助けを求めるように、ぷるぷる震えながら見上げてきた。


「ア……アア……ハッ……?」


 どうも、まともに口はきけないようだ。ただ意外と、理性は残っているようにも見える。

 どういう状態だろうな、これは。


「スーさん。どう思う?」

「瘴気の影響でしょう。当人が直接呪われているわけではなく、とばっちりを受けているだけのようですが」


 ははあ。たまたま近くにいて、瘴気に当てられてしまった被害者ってことかね。


「……後で、話を聞けるかもしれんな」


 見たところ、精神がやられているだけでなく、肉体的にも衰弱がひどい。おそらく何日も飲食していないのだろう。

 俺は、おもむろに手をかざし、うずくまる女へ、治癒魔法をかけてやった。


 眩い白光が、哀れな被害者の全身を包み込む――。

 同時に、睡眠の魔法をかけておく。元気になった途端に暴れられても困るし。


 ――光がおさまると、使用人の女は、もうやすらかな寝息をたてて眠っていた。

 体力が回復し、痩せこけていた顔も元通り……って、意外と、ふくよかな頬の、若い娘さんだった。なかなか可愛らしい。


 こんな健康そうな娘が、骨と皮だけの幽鬼みたいな状態にされていたというだけでも、この屋敷を覆う呪いの凄まじさを実感せずにはおれん。

 しかも、このまま瘴気に晒され続ければ、また同じように衰弱するばかりだろう。さっさと行って、元を断たねばなるまい。





 直廊を進むと、奥のドアの手前で、また一人倒れていた。こちらはおっさんで、なんとなく執事っぽい格好をしている。ついセバスチャンと呼びたくなる感じの。もちろん骨と皮だけのゾンビみたいな状態で、床に転がってヒクヒク震えてたが。

 放っといても、まだ死にはしないだろうが、一応回復させ、そのまま眠らせた。


 ……ケーフィルの話では、この屋敷の使用人は三人いるとか。あともう一人は、このドアの向こうにいるんだろうか。どうやらここが一階の奥の間、瘴気の発生源のようだが。

 スーさんを従えて、やけに頑丈そうな造りの木製ドアの前に立ち、慎重に、ノブへ手をかける。


 軽く引いてみると、……ありゃ、鍵がかかってるな。面倒な。

 一気にぶち破ってしまおうか……と思ったが、ここはスーさんが素早く動いた。


 後ろで寝こけてるセバスチャンのスボンのポケットを探り、鍵を発見したのだ。


「陛下。おそらく、これで」

「うむ」


 と、鍵を受け取り、鍵穴にはめてみると、ピッタリだった。

 ガチャリ! と鍵が開く。


 いよいよ、呪いの元凶とご対面か。

 俺はゆっくりとドアノブを引き、左右に開いた。


 ドアの向こう側に広がっていたのは……。


「……これはまた、凄いな」


 かなり広い部屋だ。板張りの床、四方の壁には燭が煌々と灯り、意外に明るい。

 問題は部屋の中央。


 床に大きな魔法陣っぽいものが描かれており、その向こうで、黒い衣を着た何者かが跪き、一心不乱に呪文か何かを唱え続けている。俺たちが入ってきても、気付きもしていないようだ。

 凄まじい瘴気は、その魔法陣の中心部分から生じていた。


 これ、呪いとかいうレベルじゃないのでは?

 なにやら異界と接続して、そこから途轍もなくヤバいもんを召喚する魔術的儀式のように見える。


 あの延々と呪文を唱えてる黒衣の変な女が、メイヤー夫人だろうか?

 ……どうしたものかな、これは。



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