819:勇者推しサロン
ウメチカ王は、ベージュのパジャマ姿で、近侍の少年二人を引き連れ、室内へ踏み込んできた。
少年らは、たぶん世話役の小姓だろう。
「あえて拝跪はすまい。わしはいまだ、この国の王である。ただ――」
ウメチカ王は、そう呟きつつ、俺の前へと歩み出た。
「まずは、今なしうる最大限の礼をもって、敬意を表したい。偉大な勇者AAAどのへ」
ピシッと両足を揃え、右腕で胸を叩くようなポーズを取るウメチカ王。
よりによってベージュのパジャマ姿なので、なんともサマにならないこと夥しい。しかし笑うわけにもいかん。本人は大真面目みたいだし。
他の連中と違って臣礼を取らず、王様たる権威は示しながらも、一方で俺を臣下扱いもせず、俺と対等の関係たることを、その態度で示している。どうも複雑な事情がありそうだが……。
「貴殿にまつわる英雄譚は、およそ聞かされておるでな。スーどのやサントメール伯、ポルクス卿などからも。魔王でありながら勇者となり、あらゆる種族の垣根を超えて、天を翔け、海を裂き、大地を砕き、時空をも超えて、ついに邪悪の神を滅ぼし、世界を救った、本物の英雄の活躍を。今ではわしも、すっかり感じ入り、貴殿のファンになってしもうたのだ」
えらく熱心に語りだす王様。
海を裂いた記憶は、俺にはないが。モーセじゃあるまいし。それ以外はまあ……って、ポルクス卿って誰だ?
「ポルクス卿とは、ルード卿のことでございますよ。今も城におられる、あの方です」
と、横からスーさんが補足した。なるほど、イケメン大精霊ルードか。一時期、ポルクスとかいう町の町長をやってたという話だったな。つまり、一応王国貴族の端くれでもあった、という理解でいいんだろう。
「スーどのとポルクス卿は、しょっちゅう、ここを訪れておってな。サントメール伯も、月に一度は来ておる。毎度、土産話のように、貴殿の活躍を聞かせてくれるでのう。いまやこの王宮は、勇者推しが集うサロンも同然じゃ」
いま、ウメチカ王宮って、そんなことになってんのか……。スーさんとルードは瞬間移動できるから、まだ理解できるんだが、サントメールはわざわざ馬車で移動してきてんのかね。
「それで……」
と、再び口を開いたのはケーフィル。
「そうこうしているうち、王自ら、このウメチカの王位を、いずれ勇者AAAどのに譲位する、と言い出されまして」
は?
「われらが計画していたクーデターも、なし崩しに中止となってしまいました」
ええ……そんな事情が。
「いやな。わしも、近侍のやつらに不穏な企みがあることには気付いておった」
王様が、小さく息をつきながら続ける。
「だが調べてみると、皆すでに勇者AAAどののファンで、ウメチカを勇者どのにそっくり献じようとしておると。そういうことなら、事を荒立てる必要などない。なにせ、わしも同じことを考えておったのじゃからな」
からからと笑うウメチカ王。本当にそれでいいのか王様……。
その王様から、ちょいと意外な話も聞いた。
「貴殿の肉体……つまりアンブローズ・アクロイナ・アレクシスの生母にあたるアナスタシアなのじゃがな。実は近頃、病に臥せっておる」
あの美人の母親が、病気だと。アナスタシアって名前だったっけ……。
実はアークの記憶を探っても、母親のちゃんとした名前って出てこなかったんだよなぁ。隣近所の住民らからは、アナちゃんて呼ばれてたようだ。
「かなり重態でな。いまは宮中の診療所に迎えて、治療を施しておるが……難しい病で、治癒魔法や治療薬などが一切効かないらしいのだ。衰弱も進んで、おそらく、そう長くないと見られておる」
王様はじめ、一同の顔に、沈痛な表情が滲んだ。ケーフィルやアクシードは、もともとあの母親とは顔見知りらしいし、心配なことだろう。
一方スーさんは骸骨なので表情はわからないが、特にどうとも思ってないようだ。……そりゃまあ、俺が今ここにいるってことは、そういうことだしな。
「わしが王位を譲るにしても、貴殿の母君がこのような状況では、ちと難しいと思ってのう。皆で悩みつつ、遷延を重ねとるうちに、貴殿のほうからここへやって来られた、というわけじゃ」
なるほどねえ。俺がウメチカ王に即位した直後に、よりによって母親の葬儀、なんてのも具合が悪いわな。歴史を紐解けば、そういう実例がないわけでもないが……。
「話はわかった」
と、俺は鷹揚にうなずき、玉座から立ち上がった。
なお、この玉座は既に俺専用に新たに作られたものであり、王様は別の部屋にもとの玉座を移して公務についてるんだとか。
「譲位やら即位やら、そのへんの話は、後日のことでいい。ともあれ、彼女のところへ案内してくれ」
俺の瞬間移動は、一度行った場所でないと座標が特定できん。母親は宮中のどこかの診療所に運び込まれているという話で、もちろんそんな座標は知らんので、連れて行ってもらうしかない。
「では、皆でゆくとしよう。勇者どの、それでよろしいか」
王様が言う。
そんな大人数でついてくる必要もないと思うが。
それだけ、あの母親が心配ってことかね。スーさん以外。
「構わん。案内してくれ」
俺が颯爽と階段を降りる姿を、なぜか脇からスーさんが両手を組んで眺めている。
スーさんの内心は知る由もないが、肋骨とトウ骨の微妙な振動具合からみて、推しを至近で眺める喜びとか、腐女子的な尊みとか、なんとか、そういうのを感じている最中なんだろう……俺には理解できん。




