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082:宴と木像とお土産

 どうやら、エナーリアはきっちり注文をこなしてくれたようだ。

 久々の大漁に沸きかえるダスクの住民たち。砂浜にはもうキャンプファイヤーのような大きな焚き火がいくつも上がっている。ボートからおろされた新鮮なビワーマスは、すぐさま漁師たちの手で砂浜に運ばれ、待ちかまえていた女たちによって、豪快に料理されていった。


 晴れた朝空とまばゆい陽光のもと、立ちのぼる炎、火の粉と熱気、白煙と湯気のなか、串焼き、網焼き、鍋煮込みと、ビワーマスは様々なバリエーションで調理され、砂浜は住民たちの嬌声喚声に賑やいでいる。朝っぱらから酒樽を開けてる連中までいる。みんなお祭り気分だ。


「ささ、みなさま! どうぞ!」

「すべて皆様のおかげでございます! どうぞご賞味ください!」


 俺たちのもとにも、集落の女たちや若い衆が、ビワーマスをザルに盛って続々と献上しに来る。ルミエルとミレドアがそれらを手際よくさばいて塩をふり、串焼きにしていった。


 焚き火に炙られ、じゅわあぁぁーと脂を滴らせるビワーマス。たちこめる香ばしい匂い。


「やっぱりビワーマスは、塩焼きが一番おいしいですよー。味噌煮込みとかもいいですけどねー。あ、勇者さま、それ、まだもう少し焼いたほうがいいですよー」


 ミレドアがニコニコと上機嫌で「焼き奉行」をつとめ、三人分が焼きあがったところで、いよいよビワーマスに初挑戦。

 砂の上にゴザを敷いて腰かけ、三人同時に、それぞれ塩焼きの串を手にして、かぶりつく。


 パリリッ、と軽快で香ばしい皮の食感。続いて、じゅわっ! と口の中にあふれる汁気。ほどよく塩のきいた白身は、口あたりは淡白だが、とろけるようなコクがあり、上品かつクリィミー。実に──実に、味わい深い。


「こりゃ、凄い……!」


 思わず溜息が洩れるほどの美味。俺はもう夢中で食い続けた。こんな旨い魚を食ったのは、おそらく初めてだ。あっという間に一匹食い尽くして骨だけになってしまった。やべえ、やみつきになりそう。


「──おいしい! 本当に凄いですね、これ! とってもまろやかで、ジューシーです!」


 ルミエルも感歎の声をあげている。ミレドアは得意気に胸をそらした。


「でっしょぉー? やっぱり、ビワーマスはダスク産に限るんですよ!」


 俺は、つと手を伸ばし、そんなミレドアの頭をナデナデしてやった。


「いや、まったくだ。昨日、おまえが言ってた通りだよ。本当に旨い」

「あ……え、えへへ……」


 ちょっと恥ずかしそうに微笑むミレドア。


「勇者さま……今更ですけど、ありがとうございました。勇者さまのおかげで、わたしたち……」

「うむ。感謝しろよ」


 俺は鷹揚にうなずいてみせた。実際は、ただ旨い魚が食いたかっただけなんだがな。それが結果として集落の危機を救うことになり、さらには古参の魔族たちと出会って臣下に加えるというオマケまで付いた。世の中、何がどう繋がっていくやらわからん。ともかく、結果オーライだ。

 俺は二匹目のビワーマスにかぶりついた。ルミエルもミレドアも、幻の美味を存分に楽しんでいるようだ。二人とも、最高の笑顔をはじけさせている。苦労した甲斐があったというもんだ。


 ダスクはいいところだな。また必ず来よう。





 昼過ぎ。俺たちはダスクを出発することにした。

 湖岸から、ふたたび馬車で路地を抜け、集落の境界まで戻る。大勢の住民たちが、あらかじめ先回りして、そこに待ち構えていた。ずいぶん賑やかな見送りだ。


 俺たちはいったん馬車を降りた。ミレドアとも、ここでお別れだ。


「いずれ、迎えに来てやる。俺はレンドルとは違う。必ず戻って来るからな」


 松並木の下。ちょっぴり涙目なミレドアの頭を撫でながら、俺はそうささやいた。

 ミレドアの曽祖母の日記。その最後のページに記されていたのは、魔術師レンドルとの別れと、交わした約束。


 必ず戻ってくる──魔術師レンドルは、旅立ちの間際、それだけを言い残し、去っていったという。その約束は、結局果たされなかった。


「はい……勇者さま……ずっと、お待ちしてます……」


 ミレドアは涙を拭いて、微笑んでみせた。いい娘だ。いずれ必ず、俺のハーレムに迎えてやるからな。

 住民どもは、どちらかというと、俺以上にルミエルとの別れを惜しんでいるようだ。なんせ美人教主さまだし。


「シスターのお教え、この胸に刻んで生きてゆきます……!」

「できますれば、この地にとどまっていただきとうございます……!」


 ルミエルは優しく笑って告げた。


「私から、皆さんへ最後の言葉を贈りましょう。──汝、隣人の財布を愛せ。ゆめ、忘れてはなりませんよ」


 うむ。さっぱりわからん。


「おおぉ! なんという、もったいなくも有難く奥深いお言葉……!」

「シスター・ルミエル、まさしくあなたは天の御使いであらせられます……!」


 信者たちは大喜びで感泣にむせんでいる。宗教って怖い。

 別れ際、集落の古老たちが、あらためて告げてきた──この出来事を記念して、俺とルミエル、ミレドアの三人の木像を集落の広場に建てて、永久に崇め伝える、と。さすがにミレドアは慌てていたが、これはもう決定事項だそうだ。エルフの森のまっただなかに、魔王の像が建つなんてな。住民どもは知らぬことといえ、愉快な話じゃないか。


 俺は箱馬車に乗り込んだ。御者台のルミエルが手綱をとり、二頭の馬に出発を促す。名残り惜しげに手を振る人々を後に、馬車は速度を上げて進んでゆく。

 ふと、ルミエルが呟いた。


「……あ。どうせなら、何尾かビワーマスをいただいて、今夜のお夕食にすればよかったのでは……」


 なぜその発想はなかったし! 住民どもも、木像とかどうでもいいからビワーマスを土産に寄越さんかい!


「引き返せー!」


 俺の号令一下、ルミエルはたちまち馬首をぐるりとめぐらせ、そのまま住民たちのもとへまっしぐらに突っ込んでいった。

 結局、俺たちはさらに半日ほどダスクに逗留することになり、夕方近くになって、大量の魚を馬車に積み込み、ようやく再出発。なんとも締まらない別れになった。


 さて、気を取り直して。次に目指すは、北東──ルザリクの街。



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