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818:勇者肯定派


 魔術師ケーフィル。

 ちょび髭がダンディーな黒衣の中年貴族である。


 アークの幼少時の魔術の師匠であり、今なおその教えは俺の魔術知識の一端をなしている。

 術者当人の保有魔力を、呪文と触媒によって引き出し、活用するという、この世界の魔法概念の基本中の基本をアークに叩き込んだ人物だ。


 聖戦士アクシード。

 長身熊腰、筋骨隆々の肉体に革鎧をまとい、大剣を背負う、ごついおっさん。おそらくケーフィルと同世代であろう。


 アークの武術の師匠であり、正統的な騎士剣術を含む様々な武具の扱いをアークに教え込んだ。おかげで剣だけでなく槍や弓の基本も習得できたが、いまやデコピン一発で転生トラックすら粉砕できる俺様には、もうあまり意味はないかもしれん……。

 ケーフィルにせよアクシードにせよ、詳しい経歴は知らないが、長年、ウメチカ王宮の最上位の武官であり、王家からもことのほか信任されている。過去に何やらよほど大きな功績を挙げたのだろうな。


 その二人が、玉座にある俺の前へと駆け寄るや、スーさんの脇で、いきなり片膝をつき、深々と拝跪の礼を取った。

 ……この二人に、こんな最上級の礼をされるおぼえはない。俺はこいつらの主君ではないし。ウメチカ王はどこ行った?


 そんな俺の内心の困惑などおかまいなく、まずケーフィルが、拝跪したまま口を開いた。


「我ら、たまたま巡回中に物音を聞き、よもやと思いましたが……」


 アクシードが言を継ぐ。


「ご帰還なされているなら、我らにひと声かけてくださればよかったものを」


 二人とも、口調も態度も以前とは異なる。まるでウメチカ王に拝謁でもしているような恭しさ。


「……事情を聞かせてくれ」


 と、俺はあえて言葉少なに応えた。

 当初、二人が謁見の間に飛び込んできたときには、てッきりスーさんの洗脳スキルでも食らってるのかと思ったんだが……。


 どうも違うらしい。大精霊一歩手前の俺様の目をもってしても、その手の状態異常スキルの痕跡は、この二人には一切感じ取れない。

 肉体的にも精神的にも、まったく正常な状態としか見えなかった。


 では、この態度の変容ぶりは、いったい何ゆえか。


「事の起こりは、半年ほど前になりますか――」

「こちらのスーどのが、突然、王宮へ姿を現したのです。美しい女性の姿で」


 半年ほど前……というと、ちょうど俺とボッサーンがエルフの森にて激しくやりあってた頃だな。

 その時期、俺は一度、このウメチカに戻ってきている。


 ボッサーンの罠に引っかかり、それから逃れるために、自殺という選択をした。

 それにより、ウメチカの教会に「死に戻り」してきたという次第。


 なんだか随分遠い昔の出来事のような気がするんだが……たった半年前の話である。長期連載の弊害というか、なんというか。

 いわゆる死に戻りの後、スーさんと合流し、ともにウメチカの市街を通り抜けたりもした。あの頃にはもう、街中に俺様を称える変なポスターのたぐいが貼られまくっていたな。移民街代表サントメールと「虹の組合」が、俺様の宣伝にいよいよ本腰入れはじめていた時期だ。


 おそらく、スーさんが王宮を訪れたのは、その少し後の出来事だろう。


「その頃、まだ王宮は、勇者の……あなた様の存在を、公には認めていませんでした。市民に無用の混乱を招くことを懸念し、あえてそのような方針を採っておったのです」


 アクシードが訥々と述べる。

 なぜ、勇者の存在が、市民の混乱を招くのか?


 それは先代勇者の末路から推測できる。

 魔王さえ倒してしまえば、勇者はすべての特殊能力を喪失し、無用の長物となる。それが勇者システムだ。


 先代勇者は魔王討伐後、無力な若者に戻り、当時の王家から冤罪をおっかぶされて、早々に始末された。

 ウメチカ王宮も、その故事に倣おうとしていたのだろう。いずれ始末してしまうのなら、最初からそんな奴はいなかった、ということにしておけば、余計な波風も立たない、といったところか。


 ウメチカ王をはじめ、大臣高官の大部分がその方針で、サントメールの宣伝活動を躍起になって妨害していたらしい。

 一方、ケーフィル、アクシードら、ごく一部の武官は、ウメチカ王の方針に公然と反対していた。


 当時すでに勇者AAAのエルフの森における活躍は彼らの耳にも入っており、昔から俺をよく知るケーフィルたち以外にも、勇者の武威に感嘆した者たち、ファン心理にとらわれたミーハーな連中などが、サントメールの宣伝に乗っかる形で、俺の応援に乗り出していたのだとか。

 ちょうどそんな折に、スーさんが王宮に現れ、ケーフィルら「勇者肯定派」と接触してきた。謎の黒髪美女の姿で。


 魔術師であるケーフィルには、すぐにわかったのだという。スーさんの纏う魔力が、明らかに人間のものではないことを。


「おそらく、相当に高位の魔族であることは、即座に感じ取れました。それでてっきり、勇者を暗殺しに来たのかと思ったのですが……お話を伺いますと、どうもそういうわけではないようで」


 ここでスーさんは、俺が魔王の転生体であること、十数年に渡り、ウメチカが魔族によって監視されていたこと、しかし魔族はウメチカの民に敵意を持っていないこと……などを、かなり大胆にぶっちゃけたのだという。

 そのうえで。


「事情を聞き、我らはすっかり意気投合しました。むろん、驚きもありましたが……ほどなく、ともに、クーデターの決行を計画することになったのです。ウメチカを、勇者AAAファンの聖地へと作り変えるために」


 ケーフィルは真顔で言った。

 いや、なぜそうなる。聖地って。なにしてくれてんのコイツら。


「そこから先は、わしにも説明させてくれーい!」


 いきなり新たな人影が謁見室へ踏み込んできた。

 他でもないウメチカ王だ。


 なんで王様まで出てくるんだよ。それも妙にノリノリで。





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