817:その玉座は誰のもの
ウメチカ王宮、謁見の間。
いうまでもなく、王様や大臣らが要人来客と謁見する場所である。もちろん、ここの王様にセーブ機能はない。パスワードも教えてくれない。勇者の自動復活ポイントは教会である。
……あの大精霊シャダイが構築した「魔王絶対殺すシステム」こと勇者システムに、なぜか教会が組み込まれているらしい。
それはともかく。
いまは深夜であり、誰もいないだろうと踏んで、謁見の間に転移してみた。正解だったようだ。
わが魔王城の謁見の間と比べれば貧相なものだが、それなりに広く、調度も揃っている。玉座も朱金に宝玉をあしらった、なかなか豪奢なもの。
――これで王宮内への潜入は果たした。後は、なるべく気配を消して王宮内部を探ってみるとしようか……。
ふと。
玉座の左右後方に、一対の灰色の像が、影のごとく佇立しているのが見えた。
シルエットから、右は男、左は女の石像のようだが、詳細は暗くてよくわからん。
……あんなもの、以前は、ここにはなかったはずだ。
足音を立てぬよう、ゆっくり五段の階をのぼり、玉座の前に立って、あらためて左右の石像を観察してみる。
右側の、男の石像は……たぶん俺だな。長衣にガウンを羽織り、頭に大冠をいただき、右手に剣を横たえ、あらぬかたを睨んでいるような姿……なんだこりゃ。まるで王様みたいな。そりゃ俺は魔王だが、この肉体に転生して以降、こういった王様っぽい格好は一度もしたことがない。
でもって、剣の柄と鞘のデザインが、いまも俺の腰にあるアエリア……銘剣ミストルティンそっくり。
いや、こりゃ一体、どうなってんだ?
さらに、左側の、女の像。ロングドレス姿で、やけにスタイル抜群な、人間の女性像。
顔立ちには、どこか見覚えがある……。
……あー。
これ。
スーさんだ。
スーさんの着ぐるみには人間とエルフの二種類あるが、これは人間のほうの、着ぐるみ美女スーさんの顔だ。
何がどうなってるんだ。なぜ、こんなところにスーさんの立像が……?
あるいは、たんなるソックリさんという可能性もあるが。
しばし悩みつつ判じていると――。
「見られてしまいましたね」
いきなり背後で、ぽそりと呟く声が。
驚き振り向くと、そこには、闇に浮かび上がる白い骸骨……。
ホラー映画なら悲鳴が上がってるシーンだこれ。
「……スーさん。驚かせるなよ」
「申し訳ありません」
カクン、と一礼をほどこすスーさん。どうも、瞬間移動で俺の後を追ってきたらしい。トレーサーで俺の現在位置は常に把握しているだろうしな。
「で、これは何なんだ?」
と訊くと。
「わたくしめが作らせました像にございます」
当然のようにスーさんは答えた。
「作らせた?」
「はい」
鎖骨をガコン! と鳴らしつつ、うなずくスーさん。どんなリアクションだ。
スーさんは、恭しく片膝をつき、あらためて拝礼してみせた。
「まず、そちらの玉座に腰かけてくださいませ。これは、陛下、あなた様のものにございます」
「……なんと?」
「それも含め、これより説明いたしますゆえ」
「はあ」
と、当惑しつつも、促されて、俺は玉座に腰をかけた。
おお。まるで俺専用に誂えたかのようにぴったり。尻に吸い付くような極上の座り心地。
スーさんが、ぴっと指先を立てると、天井のシャンデリアが一斉に点灯し、室内を煌々と照らし出した。
先ほどまでは暗くてよくわからなかったが、紗のカーテンが掛かった四方の壁面に、それぞれ一枚ずつ、黄金の額縁に入った大きな絵画らしきものが据えられている。
どれも俺の似顔絵っぽい。それも、肖像画というよりはアニメ絵寄り。気合の入ったアニメ塗りのイラスト。一応の特徴は押さえつつも、相当に美化されてる。
こんな恥ずかしいものが、何枚もでかでかと飾られているとは……。
「わたくしが描きました」
アンタかよ!
……そういやスーさんは、以前から俺の抱き枕やフィギュアを製作したり、俺の薄い本を収集したり、自身でも執筆してたな……いや薄い本はやめなさいって。
「実はですな。既に、ウメチカ王とその近臣らは、わたくしめが篭絡しております。いずれ陛下の覇道を妨げる恐れのある者ども……放置しておいては危険との判断からです」
「ほう……」
篭絡か。もとよりスーさんは様々な特殊スキルの使い手。なにせ、もとはサキュバスの総元締めで、現在も最上級のアンデッドだからな。
石化、毒、即死、エナジードレイン……特殊攻撃のデパートというべき夜の女王。催眠や洗脳に関するスキルだって山ほど持っている。加えて瞬間移動もできる。
そこらの凡人どもを従える程度の仕事など、スーさんならば朝飯前にやってのけるはずだ。
能力面において、スーさんがウメチカ王宮を掌握するのは容易だろう。ただ――。
「なぜ俺に相談しなかった?」
ウメチカが俺の戦略目標のひとつであることは、スーさんも把握していたはず。部下が勝手にその目標を制圧してしまった形だ。
いくら魔族の指揮系統が緩々だからといって、宰相たるスーさんが俺の指示を待たずに独断専行したとなると、やはり少々問題がある。
むろん、咎める気などはない。俺とスーさんの仲だし。ただ事情は聞いておきたい。
「それはですな――」
と、スーさんが答えかけたところで、新たな足音が複数、外からどやどやと響いてきた。
閉ざされていた謁見の間のドアが、大きく八文字に開いたと見えるや。
「その説明は、我々がしよう!」
「どうかスーどのを責めないでくれ!」
靴音高く室内へ踏み込んできたのは、見覚えのある二人組。
すなわち王宮魔術師ケーフィル、聖戦士アクシード。




