816:勇者を作ろう
ずたぼろ赤レオタード姿の幼馴染みを抱えて、深夜のウメチカ市街を静かに歩いてゆく。
街の辻々には、俺の変な銅像がやたら目に付く。クリスマスバージョンとかハロウィンバージョンとかウェディングドレスとかもある。
いやなんで俺が花嫁衣裳着てんだよ。おかしいだろ。どこに需要あるんだこんなもん。しかも造形が異様に精緻で、凝りに凝っている。ドレスの皺まで質感がリアル。無駄に高度な技術を駆使しおって。
それはともかく、様々な意味で、いま人目に付くのは正直かなりマズい。
俺は大通りを避けて、途中から狭い路地に入った。かつてアークの幼少のみぎり、通学路となっていた馴染みのある区画だ。
石畳の狭い道、左右には石造木造の貧相な家屋が連なっている。
それらの壁に、大小のポスターが貼りまくられていた。
内容も、ロクなものじゃない。
およそ俺の似姿風イラストとともに、なにかしらの宣伝文句だの煽り文だのが躍っている。
『勇者AAA共同募金にご協力を!』
『週刊・勇者AAAをつくろう創刊! 創刊号付録は勇者AAAダイキャスト製左手小指パーツ! 特別価格390円!』
『勇者AAA環境会議~廃棄食料問題を考える~』
『勇者AAA博覧会・開催中!』
『オペラ・リア王VS勇者AAA』
『第18回コミックフェスタ・勇者AAAオンリーイベント! XX月XXX日グランフロント大阪北館にて開催』
グランフロントで変なイベント開いてんじゃねえ!
なんで俺とリア王が対戦してんだよ!
あと俺を勝手につくるな! 一冊で小指一本って、完成までどんだけかかるんだ。ダイキャスト製ってのがまた泣かせる。
「ああ、あの本、あたしも定期購読してる。あのポスターはだいぶ前のやつだよ」
と、幼馴染みが『週刊・勇者AAAをつくろう』のポスターを指差し、呟いた。
「……そうなのか」
と応えたものの、こいつも、なんでそんなもん買ってんだよ。
「こないだ、13号が出たところでね。付録は勇者AAA十二指腸パーツだったよ」
俺の十二指腸をパーツにするんじゃねえ! もうツッコミが追いつかねえ! どうすればいいんだ俺は!
細い小道を抜けて、緩やかな坂をのぼると、幼馴染みの家がある。庭付き石造戸建て。ウメチカでもかなり裕福な部類の家だ。こいつの父親は、とある貴族家御用達の服飾デザイナーとかだったかな。
アークが子供の頃は、よくこの家で一緒に遊んだものだが……二人、仲が良かったのは、いつの頃までだったろうか。
ともに学校へ通いはじめる頃には、もうどこか歪んだ関係性になりつつあった気がする。おもにアークのせいで。
玄関先までたどり着き、そっと幼馴染みを降ろしてやる。
「アーク……。また、いなくなっちゃう?」
目を潤ませ、俺を見つめる幼馴染み。
「ああ。だが、じきにまた戻ってくる」
「そう。なら……今度こそ刺し殺せるように、頑張って修行続けるから。期待してて、アーク」
まさに歪んだ関係性の極みというべき言い草。
「ああ。頑張れ」
他に答えようもなく、俺は静かに幼馴染みの背中を見送った。
いびつな関係ではあるが、そういう形で俺との繋がりを望むのなら、それはそれでいい、という気もする。そもそも、その原因となったのがアークである以上、今更何をかいわんや、だ。
「……さて」
幼馴染みとの再会は済ませた。べつにそれが主目的だったわけではないが。
ウメチカ市街の様子や近況もだいたい把握した。
ついでに実家の様子も見ておきたいところだが、さすがに深夜だ。あの美人な母親も寝てるだろう。
となると……残る気がかりは、現在のウメチカ王家の動向や思惑、ということになるか。
なにゆえ今になって、俺の銅像なんかを建てまくっているのか? あの王様や、近侍の魔術師ケーフィル、聖戦士アクシードといった連中は、何を考え、どう動いているのか?
べつに放っておいてもいいんだが、今後、ウメチカが地上の魔王城建設予定地に干渉してくる可能性も無くはない。
少しばかり、彼らの動向やスタンスについて、知っておくに如くはあるまい。
わざわざ歩いて向かうのは面倒なので、ここから直接、王宮へ瞬間移動して、こっそり内部の様子を観察しよう……。
俺は少しばかり意識を集中し、記憶にある王宮内部の構造を思い起こす。
以前あそこに出入りしたのは、たった一度きり。勇者覚醒の儀とやらで王様に会ったときだけだ。
ほんの一年ほど前のことのはずだが、もう十一年ぐらい経ってるような気がする。むろん気のせいだ。
その儀式の際に往来した範囲で、あまり人目に付かなさげな場所……。
――あそこがよさそうだ。
俺は、おもむろに瞬間移動魔法を発動させた。
一瞬のうちに視界が変化する。
照明はなく、ほぼ真っ暗な空間。周囲に人の気配はない。
じわじわと、目が暗がりに慣れてくる――。
床一面の赤絨毯。すぐ目の前には五段の階。その先に据えられた、大きな玉座。
そう、ここはウメチカ王宮、謁見の間。
俺が「勇者」として覚醒させられた、あの場所だ。




