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815:勇者の立像


 光るドスを抱えて突進してくるツインテール少女。

 なぜか、真っ赤なレオタード姿である。ひらひらしたスカート付きの。


 そういや昔、この幼馴染みは、バレエかなんかの習い事をしてたような記憶がある。その格好ってことか?

 そしてなぜ、転移直後という、この完璧なタイミングで、こいつと出会ったのか。


 ただの偶然か。それとも、何か変な運命力でも働いているのか。


「アーークぅぅ! 死ねええええ!」


 俺の胸元めがけ、凄まじい形相でドスを突き出してきた。以前よりも踏み込みが強く、速度も増している。

 今回も身体強化魔法を使用しているようだが、筋力や戦闘技量も一段と鍛えられ、洗練されているようだ。


 まさに血の滲むような努力と鍛錬の賜物であろう。

 そんな魂の籠もったひと突き。こちらもきっちり受けてやらねば失礼にあたろう……。


 というわけで、俺はあえて動かず、まったく無防備に、猛然迫る白刃を、わが胸に受け止めた。

 しかし悲しいかな――以前こいつに刺し殺されたときと異なり、俺はいまや人類の範疇から外れた存在と化している。


 いかに鍛え抜かれた会心の一撃も、所詮常人の力と技をもってしては、大精霊の領域たる俺様の皮一枚すら、傷つけることはできない。さながらサツマヒメカマキリがインド象に挑むようなものだ。

 腰の入った見事な一閃は、俺の胸を突き通すどころか、硬いゴム板に当たった小石のごとく「ぽいんっ」と跳ね返された。


「え……え?」


 幼馴染みは、一瞬戸惑ったような顔を見せたが、なお躍起になって、滅茶苦茶に突きかけてきた。

 とはいえ何度試みようと、その刃先はまったく通らない。シャツにちょっと綻びができたぐらいか。


 やがて身体強化魔法が切れたらしく、幼馴染みはドスを取り落とすや、息荒く、がっくりと俺の前に膝をついた。


「はぁ、はぁぁ……あ、アークぅ……」


 上目遣いに俺を見上げる。

 むろん、こいつがいま何を望んでいるか、こちらもよくわかっているが――その前に。


「……なぜレオタード?」


 幼馴染みは、キッと目に力を込めて、答えた。


「どこかで、誰かの声がしたの。この格好で公園にいけ、って。そしたらアークがいたの。アークを見かけたら、とりあえず刺すのが、あたしの宿命だから」


 どんな宿命だ。確かに毎回刺しに来てるし、それでいっぺん殺されてるけど。

 それはともかく、誰かの声が聞こえたとか、本当にどういうことだ。いまやヤンデレをも超えて電波系ヒロインに進化したってことか? あとそのドスはどこで調達したのか。


 あれこれ疑問は尽きぬが、ともあれ今は……。





(自主規制)

(自主規制)

(さらに自主規制)

(春嵐に桜舞い散る自主規制かな・字余り)


「ううっ。アークのばかぁ……イジワル……ヘンタイ……最低……節操無しぃ……」


 公園の木陰で、俺と幼馴染みは肩を寄せ合っていた。

 激しい(自主規制)のはて、赤いレオタードはあちこち無残に破れてしまった。後でもう少し頑丈な素材のレオタードをプレゼントしてやろう……。


 しくしくと啜り泣きつつ、もう離さぬといわんばかり、幼馴染みは俺の腰元にがっしりとしがみついている。


「最近、街の様子はどうだ? 何か変わったことは?」


 と訊ねると。


「んー? そこらじゅうに、アークを褒めるポスターが貼ってあったり、アークを褒めるイベントとかが、あっちこっちで開かれてるよ」


 今でもそんな状況か。サントメールめ、随分と根気よく俺様の宣伝に努めてるようだな。


「最初はね、王様とか騎士団とかは、そんな奴はいない、勇者なんてデタラメだ、っていってたんだけど……最近は、勇者は実在してて、王様の命令で地上へ出て行った、とか言い始めてるね」


 ほう。ウメチカ王家が、そんな方向転換を行ったのか。勇者に関する噂を事実と認めた上で、それに便乗して王家の人気取りでもしようってのかね?


「ねえ、アーク。アークって、本当にそんな偉い人なの? あたしが知ってるアークは、あたしに酷いことばっかりするイジメっ子だったじゃない。とても信じられないよ」


 なんだか酷い言われようだが、言われても仕方ないようなことを、過去にアークは色々とやらかしている。

 おかげで、普通の幼女だったこいつも、すっかり性格が歪んでしまい、いまやアークを刺し殺すのがライフワークみたいな怪人に育ってしまった。


 それらは俺との記憶や人格が統合される以前の「素の子供アーク」のやらかしであって、俺様のせいではないんだがな。それを説明したところで、こいつは信じないだろうし、もとより信じてもらう必要もない。


「……人は変わるってことだ。良くも悪くも、な」


 つぶやきながら、俺は幼馴染みをお姫様抱っこでかかえこみ、立ち上がった。


「ふえっ……アーク?」

「家まで送ってやる。ついでに、ちょっと街中を散歩でもするか」

「こっ、この格好で?」

「嫌か?」

「ううん……このままでいい」


 頬を染めつつ、俺の腕のなかで俯く幼馴染み。こうしていると、ずいぶん可愛く見えるんだがな。


「では、行くか」


 幼馴染みを抱えて、公園を出ると、そのまま夜のウメチカ市街へと歩き出す。

 公園の出口から、中央通りへと続く小路。その左右の脇に、見慣れぬ彫像が点在していた。


「なんだありゃ」

「アークの銅像だよ。最近、王様の命令で、街中につくられてるんだ」


 銅像って……。

 立派な台座の上に、たしかに俺っぽい若者の像が立っていた。


 しかもよく見れば、どれもポーズや服装がけっこう違っている。

 空に向かってビシッと指を差してるやつとか、ぐっと右腕を前に差し出してガッツポーズを取ってるやつ。


 着流しで団扇を掲げてるやつとか、ブーメランパンツいっちょで佇んでるやつとか……いやなんでブーメランパンツ!?


「ああ、そっちのは浴衣アーク像。あっちは期間限定公開の水着アーク像だよ。他にも割烹着アーク像とか裸エプロンアーク像とか、色々作られてる」


 なんやそれぇ……。

 もしや、これ、王家の嫌がらせじゃねえか?



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