814:あの街はいま
魔王城食堂のお食事会は、なんだかんだ盛況のうちにお開きとなった。
ブランシーカー専属料理人エストは、畑中さんから米麹を分けてもらうだけでなく、製法のレクチャーも受けることができ、すっかりホクホク顔。
「今度はこちらの食堂に皆様をご招待するっスよ! 船長の許可さえいただければ明日にでも!」
と堂々宣告し、相方のセーガナと一緒に夜の城下町へ消えて行った。
二人でどっか飲みに行くらしい。仲が良いようで何より。
その船長レールは、今夜は船に戻らず、アロア、ブランらとともに、城内で一泊することになった。
理由は……。
「アロアが、どうしてもリネスちゃんと一緒に寝たいって。あたしはその付き添いです」
だとか……。
当のリネスも、アロアとベッタリで、異議はないらしい。尊い。
ちび妖精ブランには、また別の用事があるらしい。
「語りたいのよ、技術を! チー氏と!」
「それはアタシも望むところだねー」
さっきの談義の続きということか。奇妙な組み合わせだが、やけに意気投合していやがる……。
アイツとフルルは、ライブ用新曲の打ち合わせをやるとかで、これも別室へ去っていった。
で、かの金髪幼女レダ・エベッカ。
どういうわけか俺の背におぶさり、ガッシリとしがみついて、離れなくなっていた。
「最近、こっちの本編がさっぱり書かれなくなって、ヒマなんだよ。ちょっとアタシの相手しろや」
そうしたご意見ご要望は感想欄もしくはダイレクトメッセージにて作者へお寄せくださいますよう宜しくお願い申し上げます。
夜も更けて……俺はようやく、ひとりで城内の一室へ入った。
そこは当面、俺の一人寝用の寝房としている狭い洋間だ。
なにせ俺は魔王なので、それはもう広くて豪勢な寝所があるわけだが、いつも複数の女どもが待ち受けている。
後宮から呼ばれた妾どもにまじって、なぜか知らん奴が入り込んでたりもする。俺に恨みがあって暗殺をもくろんでる女とかも、たまにいる。
そりゃ俺は人間と戦争やってたんで、方々から恨まれまくっている。戦場で夫を殺されたとか、故郷から無理やり攫われてきたとか、そういう話は珍しくもない。もちろん百パーセント返り討ちとなり、(自主規制)(あられもない自主規制)(目もあてられない自主規制)などを経て、以後はすっかり心を入れ替え、俺の新たな妾に加わるケースが大半だがな。
が、今夜はそんな喧騒からはなるべく距離を置いて、一人でゆっくり寝よう、と思い立った次第。
スーさんら幹部連中には、あらかじめそのへんを伝え、人も魔族も遠ざけておくよう言ってある。
レダ・エベッカは、直談判に行くとか言って、瞬間移動で消え去った。誰に何を直談判するのか知らんが。あいつも瞬間移動するんかよ。瞬間移動のバーゲンセールか。
それはともあれ、狭い部屋の貧相なベッドに横たわり、あらためて、現状を整理してみる。
まずはエルフの森。
俺様の直轄地たるルザリクは、助役ルミエル、農兵長官レマールらによって治められている。近頃は税率が下がり、庶民の怨嗟の声も雲散霧消して、平穏が保たれているとか。まず問題はないだろう。
……そういえばすっかり忘れてたが、あそこには犯罪組織「血蛇団」の一員にして賞金首ブラストの娘、サリスが収監されたままになっている。ぼちぼち頭も冷えたろうし、釈放してやろうかね。後日、ちょいと様子を見に行くか。
南霊府は、本来、星読みのシャダーンが治める土地だが、そのシャダーン本人はこの城で無為徒食している。ただ、腹心の騎士リューリスが留守番で、代理として内政を取り仕切ってるとかで、こちらも特に問題はないらしい。
西霊府は、地下都市ウメチカと繋がる地下通路の出口にあたり、基本的にド田舎。移民街だけはそれなりに賑わっている。
長たるオーガンは、色々と残念な中年だが、なんせド田舎なので、とくに統治に問題などは抱えていないようだ。
西霊府の領域には湖賊やら酒賊やら塩賊やらのアウトロー集団も住み着いている。とはいえ基本的に俺に調伏されたり、俺の息のかかった組織の傘下にすっぽり収まったりしているので、近頃はあのへんの往来も平和そのものだとか。
東霊府は、近頃の女忍者どもの報告によれば、まだ多少混乱もあるが、ルミエルの直弟子フェイドラを中核として、地域丸ごと、俺をご神体として崇める宗教都市という方向で、急速にまとまりつつあるという。
無論、事前に俺があれこれ打った布石が効を奏したものだが、正直あまり近寄りたくない場所になりつつあるな。
うっかり姿を見せたりしたら、ものすごく面倒くさいことになりそう。
北霊府は、いまも対翼人強硬派と融和派が一進一退の攻防を繰り広げており、規模こそ小さいが内戦の様相を呈しているとか。
あの地域はむしろ、そうであるほうが、こちらとしては都合がいい。翼人の国とは境を接しており、翼人嫌いのエルフどもが、しばしば越境してちょっかいをかけてきた経緯があるからだ。北霊府が内部紛乱にかまけている間、国境には平穏が保たれることだろう。
中央霊府については、とくに情報は来ていないが、俺が気にかけるような変事など、そうそう起こるまい。
なんといっても、森ちゃんこと森野大精霊子さんが鎮守なされている土地だ。現長老サージャ、前長老メルも、いまは森ちゃんの手許にいることだしな。
ここまで現状を振り返ってみて、ふと気にかかったのは、この肉体――「勇者」アンブローズ・アクロイナ・アレステルの故地たる地下都市ウメチカの現状。
以前、かのボッサーンの奸計から逃れるために、一時的に、いわゆる「教会で復活」によってウメチカに戻ったことがあるが、それからまた結構な時間が経っている。
移民街の代表たるサントメール伯が「虹の組合」の人手と財力を用いて一大キャンペーンを展開し、いまやウメチカは「勇者AAA」の聖地扱いだとかも耳に入っているが、それとても随分前に聞いた話だ。
あの地下都市は、俺の密偵たる女忍者どもの行動範囲から外れており、そうお手軽に情報も集まってこない。
ウメチカは、地下道にて旧王都……新魔王城の建設予定地と直結しており、これをただ放置しておいては、後々なんらかのトラブルの種となる可能性もなくはない。
一度、様子を見ておくのもいいかもしれん。せっかく瞬間移動という能力を身につけたのだし、こっそり行って観察するぐらい、今の俺ならば造作もないこと。
ならば思い立ったが吉日。ちょうど夜中でもあるし、人目に付かずに街を見て回ることもできよう……。
俺はベッドから降り立つや、かつて散策したウメチカの公園をイメージして、瞬間移動を実行した。
――瞬時に眼前の光景が変転する。
俺のよく知る、ウメチカ特有の、肌にまとわりついてくるような湿度の高い空気。
薄暗い魔法照明の下、常緑樹が立ち並ぶ公園の風景。
さすがに真夜中、物音ひとつしな……ん?
背後から、土を蹴立てて、何かが猛然と駆け寄ってくる。
振り返ってみると。
「アーークゥ! アアァーーークゥゥー!」
手にドスをきらめかせながら、全力で俺めがけて突進してくる、ツインテールの少女の姿があった。
あー。前にもあったなこれ。一応、幼馴染みなんだが……。




