813:あちらとこちらの技術提携
まず、チーを俺の隣席に迎えて、軽く謝っておいた。
かの「頭がおかしくなるホーン試作一号機」を壊してしまった件だ。
実際にぶっ壊したのはケライノだが、部下の責任は俺の責任ってことで。
「いや、謝る必要はないよー。戦闘の様子はアタシもモニターで見てたけど、あの鳥娘のダミ声は、さすがに想定外だったよ。あれは音波に魔力を乗せて聞き手の精神に干渉するアイテムだからねー。もとが音痴だと、あんなに酷いことになるんだね」
チーは苦笑を浮かべつつ、俺の謝罪を軽く流した。
「でもおかげで、色々と改良のヒントは得られたから。二号機はもっと小型化しつつ、耐久性や入出力あたりを工夫しないとねー」
「そうだ、そのへんの話をしてたんだよ。いまちょうどな」
と、いままさに「頭がおかしくなるホーン」を用いた空中ライブの計画を話し合っていることを、チーに伝えた。
でもって、チーとブランシーカー首脳部、すなわち大精霊ブラン、ソシャゲ主人公レール、蒼き翼の大天使アロア……の三人とは、まったく初対面ってことで、ついでに自己紹介など交わしあったりした。
「ほへー。例の、空飛ぶ船の人たちだねー。アタシはチーだよ。見ためはこんなだけど、実は、そこそこ年寄りだよ」
そこそこどころじゃねーけどな。六百歳超えてるし。現役の魔族としてはスーさんに次ぐ高齢者だ。一応、魔王妃に内定している身でもあるが、まだ非公開ってことで、そのへんはあえて言及しない。
やがて畑中さんが、チーの夕食分のステーキを運んできた。
ほかほか湯気をたてる米麹ステーキを見てたら、俺たちもまた食いたくなってしまった。ほかの連中も同じらしい。
結局、全員おかわりを頼んだ……。
再度、食事を一段落させたところで、新たにチーを加えて、空中・船上ライブの概要について、語り合った。
まだ実際にやると決まったわけではないので、いまの時点では、単にアイデアを言いあってるだけの雑談だが。
「ふぅん。あの魔法音波発振用アイテムを、ステージ用のマイクにねー」
チーが、ちょいと難しい顔つきで考えるような素振りをみせた。もちろん「頭がおかしくなるホーン」の改良についての話だ。
「小型化ってレベルじゃないねー、それ。ほぼ一から再設計じゃん?」
「難しいか?」
「かなり……いや、そうでもないのかなー?」
「どっちだよ」
「ほら、一号機は、入出力を一体化させた構造だったから」
「ああ、そういうこと!」
チーの呟きに、まだ俺の肩に乗ってるブランが、いきなり何か気付いたように声をあげた。だからなー、耳もとでなー。大声出すなって。
「入力と出力を分けちゃえばいいんだよ!」
一号機は、いわゆるハンディー拡声器だった。つまりマイクとアンプとスピーカーが一体化していたわけだ。扱いは容易だが、そのぶん、どうしてもサイズは大きめになるし、デザイン的にもステージで使うにはカッコ悪い代物だった。
最初からステージでの運用を考えるなら、そもそもマイク、アンプ、スピーカーはセパレートにしてしまって何の問題もない……というか、むしろそれが普通だ。
ライブで使用する音響器材は、昔ながらの生演奏に加えて、ボーカル用マイクや電子楽器などの入力音声をそれぞれアンプで増幅し、スピーカーから出力する。
このアンプ部分に、チーの「頭がおかしくなるホーン」の技術を盛り込むことで……すなわち「頭がおかしくなるエフェクター」とでもいうか、そういうものが作れるんじゃなかろうか。
……ってなことを、チーではなく、ブランがいきなり流暢に説明してみせたので、居あわせた全員が驚いてしまった。俺も。
「えらく音響機器に詳しいんだな」
と俺が言うと、ブランは、えっへん! と胸を張ってみせた。胸ないけど。
「あったりまえよ! ブランシーカーの通信放送設備、誰が作ったと思ってんの!」
「そりゃ……ごもっとも」
大いにうなずく俺。そもそもブランシーカーそのものが、ブランの手によって製作された船という。
ブランは、あちらのゲーム世界の管理者。ということは、当然あちらの世界の様々な技術についても通暁している道理だ。見た目は可愛い妖精さんで、全然そんなふうには感じないんだがな。
「ほほぉー、面白いねー」
目を輝かせてブランを見つめるチー。
チーも、こちらの世界の魔法アイテム研究における第一人者。ハイレベルな技術者どうし、何か通じ合うものでもあるんだろうか。
「ブラン氏、ぜひ協力をお願いしたいんだけどー、どうかなー? 頭がおかしくなるホーン以外にも、色々と技術提携とか」
「それはこちらも望むところよ」
即答するブラン。
「アタシらの世界では、魔法って、あんまりキチンとした体系にはなってなくてね。なんというか……いい加減なのよ、設定が」
身も蓋もない発言。ソシャゲってそういうとこあるな。
戦闘システムそのものは、様々な要素を掛け合わせて攻防の計算式を細かく作り込んでるけど、そこで使用するスキルや必殺技は、エフェクトだけド派手で、実際は魔法だかなんだかよくわからない技だったりする。もちろん、その例に当てはまらないゲームもあるが。
こちらの世界では、魔法というのは一学問としてきちんと成立するレベルで体系化されている。かの魔術師レンドルや、その弟子筋のリネスが学んだように。ややこしくて、俺はちんぷんかんぷんだけどな。魔王なのにな。
一方チーはといえば、もとは人間の大魔術師だ。魔法の知識は誰よりも詳しいだろう。
ブランは、にっこり微笑んで、俺の肩からチーに向かって、小さな手を差し出した。
「こちらの既存技術に、そちらの世界の魔法技術を乗っけることで、なんだか凄いものができそうよね。ね、一緒にやっていきましょう?」
チーは、ブランの小さな手を、指先でつまんでみせた。握手がわりということで。
「提携成立だねー。これから楽しくなりそうだよ」
かくて、アイツ発案の空中船上ライブは、いつしかブランシーカーと魔王城の双方が全面的に技術を出し合う一大イベント計画となったのである。
……提携だのなんだの、また勝手に話を進めおって。これだから技術屋ってのは。




