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812:肉を食らう


 畑中さんが言うには、もともと魔王城近くの人間の集落から献上された乳牛であるらしい。

 数年の間、けっこうな数の乳牛が城内に飼われていたが、乳を出さなくなったものを解体して、大量の在庫肉となっていたそうで。


 当然、筋だらけの赤身肉である。

 そんな経緯でお出しされた、この料理。普通に考えれば、旨いわけがない。


 だが、実際に食べてみれば……。

 柔らかい。舌が溶けそうなほどに。


 肉汁たっぷり。

 凝縮された旨みが、口の中で、ぐいっと一気に解き放たれるようだ。


 これは美味すぎる。

 米麹ステーキ、恐るべし……。


 もちろん米麹以外にも、畑中さんは色々と工夫をこらしているはずだが、そういうところをあまり細かく説明してはくれない。

 一流の料理人にしかわからない技術とか、そういう秘密みたいなものがあるのだろう。


「すっすすすスゴイっス! めちゃウマっスー! どうなってんスかこれぇー!」


 真っ先に奇声をあげたのは、ブランシーカー専属料理人エスト。変な口調だが、見ためは割と美人寄りな妙齢の女だったりする。


「な、なんだこれは! くっ、殺せ! いや殺さないでくれ! この肉を味わい尽くすまでは!」


 エストの相棒というか恋人な感じの女騎士セーガナは、感嘆を通り越して錯乱している。フォーク振り回して暴れるのはやめなさい。

 例のコラボキャラクターな金髪幼女レダ・エベッカ様は……。


「んぐふぅおおー! ぬがふううー! ぐがげごー!」


 もはや獣類と化して、ひたすら肉を貪っていた。それでいいのか異世界の女神。手掴みはやめなさいって。

 無論、ほかの連中も、旨い旨いと大喜びで食っている。特にアイツ。


「俺さ、貧乏暮らしが長かったから……。こんな旨いもの食える日が来るなんてさ……」


 涙ぐみつつ述懐するアイツ。いやなんも泣かんでも。

 ど辺境の子爵家当主を長年やってたとは聞いてるが、そこまで貧しかったとはな。もとの世界じゃお嬢様だったってのに。苦労したんだなー……。


 レールは普通に味わって食ってるが、アロアは意外と大食らいらしく、凄い勢いで平らげている。もう三皿目だ。その食いっぷりに、隣りでリネスも驚いている。

 ……と、こんな具合に、ぶ厚い熱々の米麹ステーキの美味に、皆が全力で盛り上がるなか、ひとり、意外と落ち着いて黙々食ってたのは、フルルだった。


「これ、おいしすぎてね……逆にリアクションに困るの」


 そこまで行くか。

 自信作の好評っぷりに、畑中さんもご満悦のようだ。


「おかわり、いくらでもありますよ。付け合わせのポテトフライも。ああ、パンとライスもありますから」


 俺は断然ライス派だ。肉には米がいい。もちろん個人的意見だが。





 いま俺と同じテーブルについているのは、レール、アロア、リネス。あと、なぜか、ちび妖精ブランが俺の肩にちょこんと乗って、肉をもっちゃもっちゃ食っている。大変幸せそうな顔で。

 アイツとフルルは隣りのテーブルにいるが、こちらと話すぶんには問題ない位置。


「で、さっきの話だが」


 食事も一段落ついた頃合、俺はあらためて話を切り出した。

 アイツが口元をナプキンで拭いつつ応える。


「実際に、空中でライブをやるとなると、地上とは色々勝手が違うだろうな」


 アイツの言葉に、フルルがうなずいた。


「空の上で、あのお船の甲板に出るんでしょ? 風とか凄そう」

「たしかに、高空で無闇に甲板に出ると、そのまま吹っ飛ばされて落っこちかねないぐらいの風は吹いてます」


 レールが答える。


「ですので、そのあたりの対策を、真っ先に考えないといけませんね」


 真面目な顔で呟くレールの隣りで、アロアはまだ一心不乱にステーキを食い続けている。もう六皿目。


「そんなのは簡単よ!」


 俺の肩でブランが声をあげた。耳元で怒鳴るな。


「風を操るスキル持ちなら、うちの船にもそれなりの数がいるでしょ?」

「ああ、ルドラさんとかゼピュロスさんあたり、そういうの得意そうですね」


 レールがうなずく。

 ってルドラとかゼピュロスとか、風の神様じゃねえか。風を操るどころの騒ぎじゃねーぞ。


 単なる同名で似たような能力のゲームキャラってことかもしれんが。ソシャゲにはありがちなやつ。いわゆるモチーフ的な?


「じゃあ、風のほうは、そういう方々に抑えてもらうとして――音響装置のほうは」


 レールが俺のほうをじっと見つめてくる。

 ライブといっても、あくまで「頭がおかしくなるホーン」のテストとデータ取りというのが大原則。


 つまり音響関係は基本的にこっちから器材を提供する形にせざるをえん。


「……あの拡声器みたいな形じゃ、ステージには映えんだろうからな。デザインの変更も含めて、少々、こっちの技術者と話し合う必要があるな」

「技術者って、あのマイクを作った人?」

「ああ。うちの幹部で、魔法道具の専門家だ。普段、あまり人前には出てこないが……」

「魔王ちゃん、よんだー?」


 いきなり背後から、やけに聞きなれた声が。

 慌てて振り向くと――小さな背丈に黒いローブをすっぽりまとった、見ため十歳くらいな髪ボサボサ少女が、にこにこ笑顔で俺の席の後ろに立っていた。


「チー。来てたのか」

「お夕飯たべにきたんだよ。今日はずいぶん賑やかだねー」


 噂をすればなんとやら。わが魔王城最高の技術者、すなわちリッチーのチーが、珍しく食堂へ姿を現した。

 それはそれとして、髪がなんともボッサボサで、酷いことになってる。ローブもゴワゴワだ。


 相変わらず、身だしなみには気を使わん奴だな……。



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