811:魔王城食堂は営業中
アスピクについては、クラスカに適当に宥めてもらおう。アズサにしても、昔の悪名をいまさら蒸し返されても、どうにもならん話だろうし。
ということで、クラスカに空間戦車の鹵獲品を引き渡し、アズサには城内を好きに見て回れるよう許可を与えた。
さすがに全ての区画を見せるのは、アズサの巨体では物理的に無理だが、巨人族など大型魔族のいる区画なら問題なく歩きまわれるし、そのあたりはさほど複雑な構造でもない。とくに迷うこともないだろう。
「ん、じゃあテキトーに見物してくる。なんかあったら念話で呼ぶよ」
アズサは楽しげに中庭からゲートをくぐって、のしのしと歩き去っていった。
クラスカはさっそく鹵獲品に取り付いて、なにやらふんふんとうなずいたり、感心したり、驚いたり、溜め息をついたりしている。実に楽しそうだ。これだから技術屋ってのは。もう放っといてよさそうだな。まだアスピクは隅っこでガクガク震えてるけど。
ほかの連中は、とりあえず食堂へ連れて行くことに……と、ふとレールのほうをみると、その肩の上で、またちび妖精のブランが泡ふいてひっくり返っていた。パンツ丸出しで。
これで二回目か。そんなに怖かったかアズサの顔。怖いよな、やっぱ。そう簡単には慣れんわ、あれは。
「……みんな、ついてこい。とにかく食堂に案内してやる」
と、一行をぞろぞろ引き連れ、城内へ。
「おおぉー。こりゃすごい建築っスねー。レ・シンティーゼの二十倍ぐらい立派な建物っスよ」
「うむ。すばらしい宮殿だ。私の実家より規模が大きい」
料理人エストと、くっ殺……いや女騎士セーガナが、歎声を交わし合っている。レ・シンティーゼってのは、以前エストが務めていた超一流ホテルらしい。でもって、セーガナはシンティーゼ王国とやらのお姫様らしいので、実家といえば、そこの王城ってことだろうな。
さすがに魔王城がそこらのホテルよりしょぼいようでは話にならんし、これは当然の評価だろう。
……いや、俺がこの世界に召喚された直後の魔王城は、木造の山砦で、こんな立派なもんではなかったが。
いかん、当時を思い出すと、なんか物悲しくなってきた……。あの頃は貧乏だったからなあ。魔族って。
「なあ」
歩きつつ、アイツが声をかけてきた。
「さっきの、リネスちゃんの話だけどさ」
「さっきの……ああ」
頭がおかしくなるホーンで歌う話か。戦場で。
「どうせなら、フルルさん、レールさん、アロアさんも一緒にやるっていうの、どうかな?」
「ユニットを組む、ってことか?」
「そうそう。おまえも、こないだ見ただろ、彼女たちでユニットやれるようにお稽古してたの」
「ふーむ」
俺は少し考えた。想像するだに楽しそうな提案ではある。ただそうなると、頭がおかしくなるホーンが四個必要になるし、そもそもあいつらはケライノと違って、単独で飛行できるわけではない。
「空中でそれをやるのは、難しいかもしれん」
なんせバハムートとの戦場は、空だ。頭がおかしくなるホーンの動作テスト、データ取りが本義である以上、そこは外すことはできん。
空中浮揚や移動が可能な特殊なステージ、もしくはその代わりになるものを、こっちで用意せねばならんだろう。リネス単独なら、それこそ俺がお姫様抱っこなり宙吊りにするなりして飛べばいいだけなんだが。
「わ、空中ライブですか! 面白そう!」
美少女主人公ことレールが、興味津々という顔して、横から食いついてきた。
「そういうことなら、ブランシーカーの甲板でやればいいんじゃないですか?」
「……ああ、なるほど」
なんせブランシーカーの船長がレール本人だ。ほかに許可を得る必要もないし、小道具だの舞台装置だの、設営の人手だの、全部ブランシーカー側で用意可能だろう。
「いいアイデアじゃない。ぜひ見てみたいわ!」
いつの間にか復活したちび妖精ブランも、ノリノリで賛成した。今日はかぼちゃパンツだったな。
「どうせやるなら、ドローン飛ばしまくって、あらゆる角度からステージを撮影して、生配信やっちゃえばいいのよ」
提案しつつ、レールの肩でスカートふりふり踊ってみせるブラン。そうやってるぶんには、可愛らしい妖精なんだがなあ。性格はなんか面倒くさい奴だけど。
ともあれ、一考の価値あるプランではある。俺はアイツとレールへ、大いにうなずいてみせた。
「よし、メシでも食いながら、そのへんの話、もうすこし詰めてみるか」
「いいね、賛成」
「あたしも賛成!」
「わたしもさんせーい!」
「肉食わせろー!」
なぜか横からレダ・エベッカが乱入してきた。わかったわかった、わかったから俺の腕にガシガシかじりつくのはやめなさい。マジ痛い。具体的には、ひと噛みで俺のHPに65535ダメージぐらい痛い。なんなのこの子。
さて、おなじみの、わが魔王城食堂である。
相変わらず内装は、そこらの場末の定食屋そのもの。木製テーブルに安っぽい丸椅子。お冷はセルフサービスだ。
「ええ……こんな立派なお城なのに、なんで食堂だけ、こんなんスか……」
料理人エストが、逆の意味で驚いている。
「あれだろう、ギャップ萌えというやつではないか?」
「ああっ、なるほど! なんかわかる気がするっス!」
セーガナの推測へ、激しく納得してみせるエスト。
なんだよギャップ萌えって。べつにそんなもん狙ってるわけではないんだが。この内装って畑中さんの趣味だし。
「なるほど、塩麹ですか。大量に作ってますので、お分けできますよ」
その畑中さんは、近頃なぜか塩麹にハマっており、エストの話を聞くと、仲間ができたような按配で、ずいぶん上機嫌になった。
「おお、有り難いっス!」
「よかったよかった!」
エストとセーガナ、手を取り合って、きゃあきゃあ大喜び。互いにきゅっと指を絡めあって……ん? それは、恋人握り……。
なるほど尊い。
「では今日は、せっかくですから、塩麹を使った料理をご賞味いただきましょうか」
畑中さんもノリノリで、厨房に大量の肉を積み上げ、ばんばん切り分けて、豪快に焼きはじめた。
やがて出てきた料理は、塩麹に漬け込んだ牛肉の、ぶ厚いステーキ。
こいつは、絶対旨い……!




