809:尊き少女たち
「米麹なら、うちの城にある。現物もあるし、なんなら作り方や、その材料も提供できるが」
と告げてやると。
「マジっスか!」
と、鼻息荒げて大喜びなエスト。
米麹は、ようするに麹菌で米を発酵させたもの。
ようは種となる麹菌と米があれば自前でも作れるわけだが、実は料理人エスト、米麹という調味料や必要素材は知っていても、その実際の製法までは知らなかったんだとか。
「はー。いや、たんに珍しい調味料だと思って、何も考えずに仕入れて使ってたんスよ。自作とかは考えもしなかったっス」
だそうで。
「いやー、でもまさか、この世界にも米麹が存在してるとは意外っス。ファンタジー異世界ナメてたっス」
ファンタジー世界なのはオマエらんとこもそうだろうが。なんかオークやゴブリンに手遅れにされちゃう系女騎士とかいるし。
いや、厳密にいえば、あっちはSFかもしれんがな。
「それで、米麹でどんな料理を?」
「ああ、そりゃ便利な調味料っスから、バリエーションはほぼ無限っスけど」
「私は、断然ポトフだな!」
と、横から女騎士セーガナが、これまた鼻息荒く応えてきた。
エストがうんうんとうなずく。
「米麹に漬け込んだオーク肉を、たっぷりの野菜と一緒に煮込んだポトフっスねー。セーガナさんの大好物っスもんね」
「そうなんだ。あの味の染みたオーク肉の、とろっとろ感がもうなんとも」
なぜか頬を赤らめつつ語るセーガナ。
オークの肉ねえ……。そんなもん俺がブランシーカーに乗ってた時は出てなかったはずだが。それともセーガナにだけ出してる料理なのか。
「米麹以前に、オークの肉なんて提供できんぞ、ここじゃ」
と、俺は告げた。
あちらの世界じゃ単なる討伐対象のモンスターかもしれんが、この世界のオークは魔族の一員、すなわち俺の部下だ。さすがに魔王たる俺の目の届くとこで、部下を食材にされてはかなわん。
「ああ、それは大丈夫っスよ。普通の豚肉でもほとんど変わらないっスから」
と、にこにこ語るエスト。そういうもんなのか。オークの肉を食ったことがないから、わからんが。
ともあれ。
「じゃあ、後で城に戻る時に、俺についてくるといい。米麹は、うちの自慢のシェフが作ってるからな。頼めば分けてもらえるだろう」
「ほほー、そんな方がいらっしゃるっスか! ぜひお会いしてみたいっスね!」
俺の提案にエスト大興奮。
「なら、私もついて行ってよろしいですか?」
と、セーガナもなぜか興味津々な様子。
「後でな。二人とも甲板上で待ってろ」
と告げて、俺は船内へ入った。先にブランたちに会っておかねばならんのでな。
操縦室では、ちび妖精ブラン、船長レール、アロア、リネス、アイツ、フルルらが勢ぞろいで俺を出迎えてきた。後者の三人はゲスト扱いでブランシーカーに乗り込み、今日の作戦を観戦してた連中だ。
「やっと来たわねアーク。まずは情報交換といきましょ!」
真っ先にブランが小さな羽を開いて、宙を滑るように、俺の顔面めがけて飛び込んできた。
また顔面に貼り付かれてはかなわんので、俺は右手でブランをパシィと受け止め、しっかと掴んだまま、操縦席の中央まで歩いてゆく。
「ちょ、アーク、どこ触ってんのー! あっ、そこは弱いって、んんっ、だっ、ダメぇ……」
いきなり俺の手の中で悶えてんじゃねえよ、このちび妖精。
「情報交換といってもな。今日は色々と協力してもらったが、こちらから出せるデータというのは、実はあまり無い。大体のデータはそっちでも取ってるだろうし」
「まー、そりゃそうね」
「詳しい報告は、例の派遣オペレーターどもに聞いてくれ」
「あの娘ら、まだこっちに帰ってきてないのよね。困ったパリピどもだわ」
「パリピだが、仕事はきちんとしてたぞ。今頃、どっかで打ち上げでもやってるんだろうな」
と云うと、船長のレールがにこにこ笑いならがら「あ、打ち上げ! いいですね、あたしたちもやりたい!」と声をあげた。
今のレールはまた性別・女。どうも近頃、レールは俺の前では女の子でいこうと決めてるようだ。そのほうが俺が喜ぶと思ったのか。実際なかなかの美少女ではある。しかも有能主人公だし。
「ねーアーク!」
と声をかけてきたのはリネス。相変わらずアロアにがっちり背中から抱きつかれた状態で。というかもうアロアはリネスの付属物みたいになってきてるな……。本来はレールと運命共同体っていうキャラのはずなんだが。
「あの、でっかいラッパみたいなので歌うやつ、ボクもやってみたいなー!」
「いや、おまえら、アレ聞いて全員ひっくり返ったって聞いてるが」
ケライノの歌声は、まさに殺人級の威力だった。「頭がおかしくなるホーン一号機」で威力が増幅されてたせいもあるが、あれは素で超ド級の天然音痴だ。二度と歌わせてはならぬ。
「あの鳥の人の声は酷かったからな。俺も耐えられなかった……」
と、アイツが呟く。
「でも、ちょっと楽しそうだったよね。歌うだけで、敵がバタバタ落ちていくなんて」
とはフルルの言。本当はそこまでの威力は想定してなかったんだがな……。
「あれ、ボクもやりたい! ねえねえアーク、ダメ?」
どうもリネスは、「頭がおかしくなるホーン」を面白い玩具ぐらいに思ってるようだ。
そもそも一号機はケライノがぶっ壊したから、もう使えん。ただ、あくまで、とある目的へのデータ取り用の実験的なものだし、二号機、三号機の製作も必要になるはずなので――。
「わかった。じゃあ、次はリネスに歌わせてやるよ」
「ホント? やったぁー! アーク大好きー!」
と、リネスはアロアに抱きかかえられたまま、満面の笑みで大喜び。なぜかアロアもにっこり笑顔。
「よかったねっ、リネスちゃん。わたし、応援してるよ」
「うん、見ててね、アロアちゃん」
きゅっと抱き合い、みつめあう、アロアとリネス。
……なんだこの空気は。
これが噂の、尊い……ってやつなのか?




