081:大漁旗
住民どもへ漁の再開を呼びかけたはいいが、どいつもこいつも、それだけで盛り上がってしまって、ひたすら歓喜のお祭り騒ぎ。
これじゃいつまでたっても漁が始まらん。ここは、上からガツンと、具体的に指図してやらねば。
「──人々よ、静まれィ!」
俺は再びズビシィッと大喝した。たちまち、おとなしくなる住民ども。素直でよろしい。
「漁師たちよ、ただちに桟橋へ向かえ! 船を出せ! 残る者どもは、それぞれ家へ戻り、宴の準備だ! 取りかかれィ!」
断固として命令する。途端、──おおおおおぉーっ! と、潮のごとき喊声をあげつつ、群集たちは一斉に動きはじめた。まったく、手間のかかる奴らだ。
あとに残ったのは、子供らや老人どもが数人。さきほどまでの騒ぎが嘘のように、一帯に静寂が戻った。
「あのー、勇者さま」
ミレドアが、ちょっと戸惑い気味に尋ねてくる。
「どうして、わたしのこと、わざわざ……」
「ん? 迷惑だったか?」
俺がきくと、ミレドアは、ぷるぷる首を振った。
「い、いいえ! そんなことはないですけどー」
「ミレドアは、あの店で商売を続けるんだろう? これできっと、前より繁盛するぞ。集落の連中どころか、観光客だって、店に大勢押し寄せてくるさ」
「あ……」
はっとしたように、空色の目を見張らせるミレドア。ようやく納得したようだな。
勇者と力をあわせて、湖の生き物たちを呼び戻し、集落の窮状を救った美少女店主。今後、この噂は近隣にまで広まっていくだろう。すっかり寂れきっていたミレドアの店も、これで息を吹き返すはずだ。
「あ、ありがとうございます。わたしなんかのために……」
「なーに。実際、おまえがいなきゃ、こううまくはいかなかった。ダスクを救ったのは、おまえだ。胸を張っていいんだぞ」
「は……はいっ!」
ミレドアは、とびきりの笑顔でうなずいた。あーもう、本当に可愛いなぁ。
俺はミレドアの手をとって、馬車のほうへ向かった。そこへルミエルが駆け寄ってくる。
「アークさま……! それにミレドアさんも……。お帰りなさいませ……!」
嬉しそうに微笑むルミエル。
「待たせたな。ちゃんと留守番してたか? ずいぶん面白いことになってたようだが」
俺がいうと、ルミエルはにっこり笑った。
「ええ。皆さんと一緒に、ここでお祈りしていました。すべてうまくいきますように、と……」
お祈りというか、おまえら宇宙人呼んでただろ。他にも色々突っ込みどころ満載だが、それは後回しだ。
「ルミエル、馬車を移動させるぞ。路地を通って、桟橋近くの湖岸まで出るんだ」
「えっ、今からですか?」
「そうだ。漁師たちが戻ってきたら、そこでみんな一緒にバーベキューといこうじゃないか」
「まぁ……!」
俺の提案に、ルミエルは目を輝かせた。
「てなわけで、ミレドア、案内を頼むぞ」
「はいっ、おっまかせあれー!」
ミレドアがビシィと敬礼する。俺たちはさっそく馬車に乗り込んだ。むろん、ルミエルが住民どもからたっぷり巻き上げた銀貨も、残らず馬車に放り込んで、出発だ。
集落の路地は、馬車一台がぎりぎり通れるくらいの道幅しかない。ルミエルは慎重に手綱をさばき、右へ左へ、そろそろと馬を進めてゆく。
馬車の中で、俺はルミエルに経緯を説明してやった。といっても、地下の遺跡に潜って、暴れてた怪物を説得し、魚を呼び戻させた──という部分くらいで、あとは全部端折ったがな。過去の魔族とエルフにまつわる事情だの、ゆうべは結局ミレドアの家に泊まって普通に寝てただの、わざわざ説明する必要もないことだし。
「こんなところに、超古代の遺跡があったなんて……意外なこともあるんですね」
ルミエルが感歎したように言う。その点は俺も同感だ。
「あの地下通路とよく似ていたからな。間違いなく超古代の遺跡だ。案外、同じような遺跡は、エルフの森のあちこちにあるのかもしれんな」
ダスクの地下の巨大遺跡。今回、俺たちが通ったのは、そのほんの一部にすぎない。あそこは、まだまだ何かありそうだ。いずれまた、調べる機会もあるかもしれん。かなり先のことになるだろうが。
「あ、そこ右です。もうすぐですよー」
ミレドアの指示に従い、ルミエルがささっと手綱を操って、巧みに馬車を右折させる。
途端、前方の視界が大きくひらけた。
一面広がる白い砂浜。その向こうには、朝日まばゆく照り輝く青い湖水。
砂浜に直接馬車を乗り入れるわけにはいかない。まともに進めなくなるからな。砂浜の少し手前で馬車を停め、手近な松の幹にロープをかけて繋いでおく。箱車から降りると、すぐ近くに桟橋が見えている。もう船はすべて出払っているようだ。
「漁師さんたち、ちゃんと網の手入れしてるといいんですがー……」
ミレドアが、ちょっと心配そうに呟いた。
「ほう、ビワーマスは網で獲るのか」
「ええ、さし網漁です。あの網って、けっこう破れたりするんで、手入れは欠かせないんですよー」
ふと周囲を見ると、集落の女子供らが、次第にこの湖岸へとぞろぞろ集まってきている。手に手に七輪やら鍋やら薪やら携えて、準備万端の構え。みんな考えることは同じだな。
俺たちも、馬車から薪やら鉄串やら引っ張り出して、バーベキューの準備をはじめた。ミレドアもルミエルも、浮き浮きと楽しそうだ。
「……まあ、それじゃ、一年分も備蓄があるんですか?」
「ええ、うちのお店にあるぶんだけで、それくらいです。集落全体だと、どれくらいになるかわかりませんねー。街道向こうの畑ってー、とにかく物凄くおイモさんが良く育つんですよー。魚が獲れなくても、みんながなんとか暮らしていけたのは、おイモさんのおかげですね」
作業かたわら、ルミエルとイモ談義に花を咲かせるミレドア。そんなに備蓄があったのか。そりゃ昨日はイモばっかり食う羽目にもなるわ。
ちょうど準備を終えた頃あい、誰かの声が砂浜に響いた。
「船が、戻ってきたぞぉー!」
その声につられるように、岸に集まってきた数十人という連中が、一斉に沖のほうを見た。はるか彼方、ぽつぽつと浮かぶ小さな船影。
戻ってきたはいいが、はたして、魚は獲れたのか──。
人々が注視するなか、次第に複数の船影が岸へと近付いてくる。
やがて、先頭の一艘が、ぱっと旗を上げ、左右へばさばさ打ち振りはじめた。
「──大漁旗だ!」
誰かが叫んだ。
たちまち、砂浜一帯に、わぁっと歓声が湧きあがった。




