808:三ツ星のシェフ
アズサの話を聞くと、イレーネは「ふぉおおう!」とか、今まで聴いたことのないような咆哮をあげた。
「じゃあ、じゃあ、問題ないのね! ならさっそく!」
小型ビデオカメラを抱え、いそいそとキャンプの奥へ消えてゆくイレーネ。実に嬉しそうに足取りも軽やかに。
そんなに撮りたかったか。ヴリトラの交尾が。ある意味、イレーネも変態かもしれん……。
「んで、アニキ様。これからどーすんだ?」
と、アズサが訊いてきた。暇そうだなこいつ。
「これから、あっちの船に取りに行くものがある。それが済んだら、すぐに城に戻る予定だが」
と、隣接区画に停泊中のブランシーカーを指差す俺。
「じゃあ、そんときでいいから、ついでにアタシも、アニキ様のお城に連れてってくんね?」
「かまわんぞ」
「おー、マジでー! 言ってるみるもんだなー! いっぺん、本物のお城ってやつを見物してみたかったんだよ!」
「わかった。後でまた迎えに来てやるよ」
普段、城内の中庭には、ヴリトラよりひと周り大きいバハムートたちが居ついている。他にもサイクロプスや巨人族のような大型種の居住区もある。アズサひとり連れて行くぶんには、スペース的にも特に問題あるまい。
なにせ魔王城なので、どこぞの黒ネズミの夢の国みたいなファンシーな見世物はないけどな。ドラゴンの観光客なんて想定してないし。
ともあれそういう約束をして、俺は徒歩でブランシーカーへ向かった。アル・アラムの顔も見ておきたかったが、それも後でいいか。忙しいようだし。
ブランシーカーの舷側には大きなタラップが架かっていた。階段をのぼって、側面の出入口から直接、乗船できるようになっている。
甲板上には、今日の戦場で鹵獲した偵察型空間戦車が載っかっているはずだ。ようは、それを取りにきたわけだが……。
タラップをのぼって出入口に入ると、そこの廊下で、何やら会話する二人組。
「ですからー、お出ししようにも、肝心なものがないんスよー! もう備蓄もカラッポなんですってー!」
「ええー? なんとか調達できないの?」
「無理っスよぅ、このへんじゃ、まず手に入るアテもないっス」
「ううん、困ったわねえ。他の食材は?」
「だいたいの食材は問題ないんスよ。ここの街からも仕入れできるっス。ただ、アレだけはどうにも無理っス」
なんの話だ……。
一人はコック風の服装で、俺も知ってる奴だ。確か、ここの船内食堂の専属料理人だったはず。変な口調だが、見た目はしっかりした感じの、若い娘さんだ。
(メインストーリー配布R)三ツ星料理人エスト
職業:ザ・シェフ
種族:人間(21・女)
戦闘力:2820
二身合体:可
備考:かつてシンティーゼ王国の最高級ホテル「レ・シンティーゼ」のシェフを務めていた料理人。王国の地上港でたまたま出会ったブランシーカーの乗員・女騎士セーガナにひと目惚れし、ホテルを辞職してセーガナを追いかけ、料理人としてブランシーカーに乗り込むことになった。料理人としては一流だが妄想癖があり、暇があればセーガナとのデートや冒険、一線を越えるシチュエーションなどの妄想にふけっている。
レズやん。ブランシーカーの乗員ってのは、本当に無駄に癖が強いな。
でもって、そのエストが話し込んでる相手というのが、なぜか甲冑を着込んだ女騎士。あれがセーガナかな?
(メインストーリー配布SR)魔法騎士セーガナ
職業:くっ殺せ
種族:ハイエルフ(108・女)
戦闘力:8940
二身合体:可
備考:閃光の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性騎士。正体はシンティーゼ王国第五王女だが周囲には秘密。単身討伐に赴いたオークの巣穴で返り討ちにあい、色々と手遅れになった後で、レールたち一行に救い出され、仲間に加わった。ブランシーカーに乗り込んだ後も、なぜか地上に出るたびに、オークやゴブリンの群に捕まっている。
おい職業欄。自重しろ。
……ともあれ、なにやら困りごとらしいが、俺とは関係なさそうなので、とりあえずスルー。
何食わぬ顔で、二人の横を通り過ぎようとしたのだが。
「あれ? アークさんじゃないっスか」
と、料理人エストのほうから、俺へ声をかけてきた。
女騎士のほうは初見だが、エストとは一応、顔見知りではある。以前ブランシーカーに乗り込んでたとき、ほぼ毎日、食堂で会ってたからな。とくに肉料理がうまかった。主な材料は、あちらの世界のモンスターの肉とかだったらしいが。
「おお、あなたがアークどのですな! 私、セーガナと申す者です!」
と、女騎士セーガナも笑顔を向けてきた。会ったことはないが、俺の名前は知ってたらしい。なんだろう。船内で噂にでもなってんのか俺は。
「アークどののお噂はかねがね! なんでも、いつでも何十人という幼女を侍らせてて、船内の幼女たちをも毒牙にかけてるロリコン魔王だとか!」
これ以上ないレベルの酷い噂だ……。誰だそんな噂をバラまいた奴。しかもなぜかそれを肯定的・好意的なニュアンスで語っているのが余計に意味不明だ。
たぶんちび妖精のブランあたりが、あることないこと触れ回ってるんだろう。
「とりあえず、その噂は事実無根とだけ言っておく。それで……何を話していたんだ」
正直、そう関わりあいになる気もないんだが、エストは顔見知りではあるし、世間話程度に聞いておくか。
「いやー、実は。セーガナさんのお好きな料理というのがあるんっスけど、必要な調味料が不足してるんスよ。この異世界じゃ、たぶん補充もきかないだろうって……」
「ふんふん。その調味料というのは?」
「米麹っていう、特殊な材料と製法で作る調味料なんスよ。さすがに、この世界にはないっスよねえ。そんなの」
いや、あるぞ。
うちの城の食堂に。




