801:先っぽも入らない
ヴリトラはバハムート世界の暴れ竜。
十二体しか存在しない希少種であり、戦闘能力においても、あちらの世界の頂点に立つ存在。
……のはずだが、そのうち四体を同時に相手としながら、アズサは腕のひと振りだけで四体まとめて吹き飛ばし、問答無用に叩き落としてしまった。
アズサ自身、ヴリトラの一体なわけだが……アズサはことのほか強力な個体なのかもしれない。そりゃ人間にせよ他の生物にせよ、種としての能力はあくまでベースであって、そこからさらに、個々の能力の差異というものは生じるだろうし。
それにしても、ちょっと強すぎる気はするけどな。もしかして、この世界で俺と殴り合ったりしてたのが、ちょうどいい鍛錬になってたのかもしれん。
そのアズサだが、舎弟どもを引き連れて、叩き落とした四体のもとへと降下した。ちょうど連山帯の中腹ぐらいで、まばらに木々が生えている程度の荒れ地だ。
落下したヴリトラ四体は、さほど大きなダメージはなかったらしく、すぐさま起き上がったが、さすがにアズサの姿を見ても、飛び掛かろうとはしなかった。そりゃあれだけの実力差を見せつけられちまったらな。
かわりに――四体、口をそろえて、なにやらピキャー! ピキャアア! と……アズサに向かって、甲高い声で喚きはじめた。
何云ってんのかはわからんが、かなり不満げというか憤懣やるかたなしというか、そういう感情は伝わってくる。力ではかなわないから、舌戦を仕掛けてきたってとこか?
アズサも、それに応えるように、グボォアアー! とかゴフォオォォー! とか、やけに野太い咆哮を発している。
ドローンがそのへんの音声を拾ってるわけだが、もうやかましくてかなわん。いったい何を言い争ってるのか。
そもそもあの四体の青黒ヴリトラどもは、何をしにここまで来たのか。そういや緑の舎弟どもは、もともとは繁殖相手を探してウロウロしてたんだっけな。そんで俺にデコピンで落とされ、さらにアズサにシメられたと。
ってことは、もしかしてあの四体も、そうだったりするのか?
そうするうち、アズサがとうとうキレたらしい。
ブフォォォー……ン!
と、ひときわ凄まじい咆哮でアズサが一喝すると、四体とも、シュンとした様子で押し黙ってしまった。なぜかアズサの背後で舎弟どもも縮み上がっている。なにかよほど恐ろしい発言をしたようだ。
状況は一段落したと見てよさそう。もうあのまま放っといていいような気もしたが……一応、俺の陛下トレーサーから、アズサに通信を入れた。
「アズサ、聞こえるか? 状況はどうだ」
『おー、アニキ様。いやさぁ、こいつら――』
アズサの説明によれば……俺の推測どおり、この青二体、黒二体のヴリトラたちは、繁殖相手を求めて、このへんを彷徨っていたらしい。しかも四体とも若い雌だと。
やがて、この近辺で、同族の雌が、イケメンどもを侍らせているのを見かけ、逆ハー許すまじ――とばかり、襲撃を仕掛けたのだとか。
イケメン……あの緑鱗の舎弟どもが? アズサからフニャチン呼ばわりされてショゲかえってた、ちょい情けない個体ぐらいに思ってたが、ヴリトラ基準ではあれでもイケメンの部類なのか。
でもって、結局アズサに一撃でぶっとばされ、腕力ではかなわないと見るや。
――ちょっとアンタ、一人占めはズルいわよっ!
――アタシらだって妊活してんだから!
――イケメンは共有財産でしょ!? あたしらにもやらせなさい!
――先っぽ! 先っぽだけでいいから!
と、批難と自己主張が入り混じった罵声を飛ばしてきたらしい。
どんだけ飢えてんだ雌ヴリトラ……。先っぽとかなんの話だ。
アズサにしてみりゃ、舎弟どもは成り行きで連れてる子分であって、自分の繁殖対象としてカウントしていない。ようするに誤解であり、一人占め呼ばわりなんぞ、いい迷惑でしかない。
とうとうキレたアズサは……。
――ああん? あんまガタガタ抜かしてっとテメェラの(自主規制)を(自主規制)してその貧相な(自主規制)に(ひゅんっと縮みあがる系の自主規制)すっぞオラァァ!
と一喝し、一同を黙らせた……とか。
さすがは元スケ番、腕力だけじゃなく胆力迫力でも負けてないってか。
『アタシはさ、アニキ様以外のオトコにゃキョーミないから。ドラゴンなんかとくっつく気はねぇんだって。んでまあ、いまはこっちのバカコンビが、連中にそのへん、事情を説明してやってるってとこさ。まだ、これからどういう話になるかは、アタシにもわかんねーけど、騒ぎはだいたい収まったって感じかな』
ようは、アズサの逆ハー疑惑を払拭しつつ、舎弟たちが雌ヴリトラ一行を口説いていると。それでうまく話がまとまるといいんだがな。
「わかった。そちらは任せるから、何か問題があれば、また連絡を頼む」
『あいよー。ってわけでさぁ、アニキ様、ひょっとしたら世話になる頭数、増えるかもしんねーけど、かまわねーか?』
「なに、問題ない。そうなればなったで歓迎するさ」
『さすがアニキ様だぜ! おい、おまえら、許可が出た! 舎弟どもは好きにしていいぞ!』
いやそんなこと云ってねえぞ俺。山腹でいきなり乱交とかされても困るんだが……と見る間に、青黒四匹、「さっすが姉御、話がわかるー!」とばかり、嬉々として舎弟どもに襲いかかっていく。うわ、本当におっぱじめやがったよ。
これはなんというか……爬虫類の交尾と思えば、そう問題はないかもしれんが、なんか教育上よろしくない感が。
もうあの方面は放置でよかろう。俺は急いでドローンの映像を切り替えた。
カメラは、城の正面上空の様子を映し出している。
一番槍として飛び出していったハネリン。その手には閃炎の魔弓カシュナバル。
しかし――。
「うわわっ!? ぜ、全然効かないよっ!?」
ハネリンが放つ魔弓の矢は、一撃でナーガを仕留めるほどの威力がある。ハネリン自身、弓の扱いなら百発百中の腕前。
しかし、空間戦車の装甲を貫くには至らないようだ。
いくらハネリンが命中させても、先っぽすら刺さらず、はね返されてしまう。
そのうち、空間戦車が、ゆっくりと砲口をハネリンへ向けてきた。
「空間戦車側に超高エネルギー反応! 主砲斉射と思われます!」
オペレーターズが報告する。
これはマズい。あんなものの直撃を食らったら、いくらハネリンといえども、ただでは済むまい。後続のアンデッド部隊は、まだ、ちんたら移動中。これは間に合わん。
いよいよ反撃が来る。
とはいえ、あまり心配はしていない。
なぜなら――。




