800:うろたえるな小娘ども
アズサは城の南方、ハネリンは正面。
こう二方向で同時に事が起こるとなると、それらのモニタリングをどうするか。
今日のメインの戦場だったガーゴイル隊の戦闘はすでに終わっているので、ブランシーカーが保有する監視ドローンを該当方面に分散して送り込み、そのカメラを通じて観戦というのがベストだろう。
とはいえあれはブランの所有物なので、こちらから依頼をせねばならん。
「……てなわけで、頼まれてくれるか?」
「いいわよ」
あっさりブランはうなずいた。
「ただし、データはきっちり全部取るわよ。あと、正面の戦力、頼りない気がするんだけど」
そりゃ真っ先に飛び出したのがハネリン一人だから、そう見えるわな。一応、「ここぴえ」を持たせた上級アンデッド部隊が後詰めする予定なんだが……よく考えたら、あいつら昼間はかなり能力落ちるんだった。
「なんなら、こっちからも戦力出すわよ。というか、出たくてウズウズしてる連中がいるのよね」
ほほう。ブランシーカーの乗員は猛者揃いだしな。下手すりゃハネリンより強いのがごろごろいるし。
「そういうことなら頼む。南のほうは問題ないだろうから、正面を手伝ってくれ」
「任せなさい。似たような機体とは、以前にもやりあったことがあるしね。あと、ドローンはそっちで好きに使ってくれていいから」
ブランは楽しげに請け負い、いったん通信を打ち切った。
あのゲーム世界にも、空間戦車みたいなものがあるのか……ってそりゃあるだろうな。ブランシーカーにしてからが空飛ぶ船なんだし。もともとバハムート世界の下位次元に、バハムート世界の技術を投入して作られたゲーム世界……だったか。
「聞いてたな? ドローンを二方面に分けて派遣する。それぞれ分担してオペレートを頼む」
告げると、オペレーターズ四人娘が一斉にうなずいた。
「りょっ!」
「うい!」
「おいっすー!」
「っしたー!」
返事はバラバラだが。真面目にやれ真面目に。
四人娘はヘッドセットを付け直し、端末と向き合った。ブランシーカーの周囲を浮遊していた四基のドローンの映像がめまぐるしく転回しはじめる。それぞれブランシーカーのそばを離れ、城の南側と正面へ、二基ずつに分かれて飛んでゆく様子がモニターごしにうかがえた。
距離はどちらも大差ないが、現場に到達するまで、あと数分かかるだろう。その間に。
「ケライノから現状報告を聞いておいてくれ。その後、帰還するよう指示を」
「承知しました」
スーさんは、骨の指先で端末を叩き、ヘッドセットごしに呼びかけた。
「ケライノ、いまの状況を聞かせなさい」
『ご命令通り、作戦行動は終了して、いまは周辺監視を行っています』
ケライノ隊をモニターしていたドローンやブランシーカーも、すでに現場を離れているため、現在ケライノ隊とは音声のみ通じている。スピーカーごしに聴こえるケライノの声は、やけに満足気というか、やりきった感に満ちたものだった。
『わたし、実は、歌は得意なんです。披露したのは随分久々でしたが、みなさん、いかがでしたか? これでも昔は黒い稲妻と呼ばれたほどで――』
確かに稲妻のごとき凄まじい歌声だった。誰も褒めてねえよなそれ。
スーさんが肋骨をカタカタ鳴らしている。言いたい事はあるが、あえて抑えている……という態度。どんなリアクションや。
「……生き残ったガーゴイルをまとめて、城へ帰還しなさい。陛下がお待ちです」
『承知しました! あ、それと、さきほど使った、えーと……なんとかホーン? でしたか? あれ、歌をやめたあと、煙を噴いて、動かなくなっちゃいまして』
チーのお手製マジックアイテムが壊れただと……?
いや、おそらく、ケライノのあまりといえばあまりな歌声で威力が増幅したぶん、想定外の負荷がかかったのだろう。音痴にもほどがある。
チーには、あとで俺のほうから謝っておくか……。
城のやや南方の山岳地帯、その上空。
こちらのドローンが到達した頃あい、ちょうど接近してきたヴリトラ四体を、アズサが迎え撃つところだった。
緑の舎弟二匹は、なぜか後ろに控えて、アズサ単独で前面に出ている。どういうことだろう。
相手のヴリトラは黒が二体、青が二体。色以外の外見は、どいつも似たりよったりというところだが、顔面の怖さというか迫力というか、そこだけはアズサが群を抜いている。さすが元ヤンキー娘、メンチ切らせりゃ右に出る者はいないな。
まずは黒と青の四体が、一斉に、ゴアアアアァー! とか、パギャアアー! とか喚きながら、アズサを半包囲するように飛び掛かってゆく。
四つの竜翼が空を舞い、四つの凶悪な顎が、同時にアズサの肉体を噛み裂かんと、轟音とともに迫り来る。
アズサは、動じることなく、真正面でそれらを待ちうけ……。
キシェエェー! と、咆哮一声、アズサは両腕を打ち振り――うろたえるな小娘ども! とでもいわんばかりに、四体を、腕の風圧だけで吹っ飛ばした。
ぴゃあああー! とか悲鳴をあげつつ、ばらばらと墜落していく黒青ヴリトラ四体。
……え?
これで終わり?
もしかして、相手にすらなってない?




