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080:救世主降臨

 ミレドアとともに、集落の路地を駆け抜けてゆく。乾いた砂地をぼふぼふいわせながら、俺たちは馬車を繋いである場所──集落の境界へと急いだ。


「おかしいですねー……誰もいないみたいですけどー」


 早朝とはいえ、路地に人の気配がまったくない。昨日、ここを通りがかったときは、けっこうな人通りがあったんだが。妙な具合だ。

 いくつもの角を曲がり、集落を抜けたところで、俺たちは思わず足を止めた。


 馬車の周辺に人だかりができている。五人や十人ではない。ざっと見て二百人やそこらはいそうだ。

 俺たちは大慌てで松の木陰に身を隠した。いったい何事か。とにかく様子を見よう。


 集落の主だった住人の大半が、ここに集まってきているようだ。口々に何かささやきあったり、声をかけあったり、かなり騒然とした雰囲気。

 ところが、箱車の中からルミエルが姿を現し、壇上にのぼると、群集のざわめきがピタッと収まった。ルミエルは普段の活動的な服装ではなく、黒い尼僧服を着込んでいる。久々に見るな、あのシスター姿。


 人々の注視するなか、ルミエルは、おごそかに口を開いた。


「みなさん、今日もよくぞお集まりくださいました。昨日に引き続き、お祈りを捧げましょう」


 今日も? 昨日に引き続き?

 あいつ、俺がいない間、いったい何やってたんだ?


 ミレドアは、ただただ、ぽかーんと成り行きを見つめている。俺ですら理解不能な状況だからな。そりゃ、そうなるわ。


「偉大なる勇者さまは、必ずや、この土地にビワーマスをもたらしてくださいます。皆様の祈りが勇者さまに届くとき、奇跡が起こるのです!」


 ビシィッ! と天を指さすルミエル。その瞬間、雲間から朝日が差して、ルミエルの全身を照らした。なんというタイミングの良さ。たちまち、群集の間から、感歎のざわめきが湧き起こった。


「おおぉ……なんと神々しい」

「まさしく天の使い……!」

「あのお方の言うとおりだ。祈ろうじゃないか、皆の者」


 すかさずルミエルが新たな言葉を投げかける。


「さあ、祈りましょう! 勇者さまへ、聖なる祈りを捧げましょう!」


 群集が一斉に、ざざっとひざまずく。ルミエルが声をあげる。


「ベントラー! ベントラー!」


 群集が復唱する。


「ベントラー……ベントラー……」


 ルミエルが続ける。


「勇者さま、勇者さま、お越し下さい」


 群集が後に続いて唱和する。


「勇者さま……勇者さま……お越しください……」


 さらにルミエルが繰り返す。


「ベントラー! ベントラー!」

「ベントラー……ベントラー……」

「勇者さま、勇者さま、お越し下さい」

「勇者さま……勇者さま……お越し下さい……」

「ベントラー! ベントラー!」

「ベントラー……ベントラー……」

「勇者さま、勇者さま、お越し下さい」

「勇者さま……勇者さま……お越し下さい……」


 おまえら、色々間違ってるぞ。俺じゃなくて、なんか別のものが呼び出されそうだ。

 しばらく観察してみて、およそ状況は理解できた。昨日、ルミエルは、ここで集落の若い連中にインチキ説教して小銭を巻き上げていたが、当人たちはむしろ感激していた。おそらくそいつらが、集落全体にルミエルの噂を伝え、さらに話が広がっていって、こういう事態にまで発展したんだろう。しかも、ルミエルは神の教えではなく、勇者、つまり俺を崇めるよう説いたようだ。


 箱車の脇に、いくつか袋や木箱が積み上がっている。木箱からのぞいているのは山盛りの銀貨。袋のほうにも相当量の銀貨が詰まっているはずだ。ルミエルがインチキ説教ついでに、住民どもへ「喜捨」を促した結果だろう。外道シスターの真骨頂ここに極まれり。いやもうシスターというより新興宗教の教主か何かだな、あれは。となると、俺が教祖ということになるが。

 面白いから、しばらく黙って見ていようかと思ったが、いつまでこんなアホなイベントを続けさせるわけにもいかん。さっさと解散させて、漁を再開させねば。


 そうだ。せっかくだから、この状況を利用して、ミレドアにちょっとしたプレゼントをしてやろう。


「ミレドア。いくぞ」

「え……?」


 相変わらず呆けているミレドアに、俺は笑いかけた。


「色々頑張ってくれた褒美だ。おまえを救世主にしてやる。後々まで、楽に暮らせるようにな」


 ミレドアの手を取り、木陰からザッと姿を現す。

 同時に、ぐっと息を吸い込み、群集へ向け、雷喝一声。


「しずまれぇぇいッ!」


 それまでベントラーベントラーと不思議な祈りを捧げていた二百人もの群集が、一斉に静まって、こちらへ顔を向けた。そこへ、またも雲間から朝日が差して、俺とミレドアを照らした。俺にはただ眩しいだけだが、おそらく群集どもの目には、俺たちはさぞやキラキラ光り輝いて見えたに違いない。べつに狙ってやったわけじゃなく、たんなる偶然だがな。

 そんな俺の姿を見て、ルミエルが叫んだ。


「──ゆ、勇者さま!」


 途端、静かなざわめきが群集の間から湧きあがってくる。


「勇者……さま……?」

「あの方が……?」

「おおっ、なんという美しさ……!」

「つうか、あれミレドアじゃねか……どうりで姿見ねえと思うたら……」


 感歎まじりにささやきあう住民ども。俺はすかさず告げた。


「我こそ勇者アァークゥ! このミレドアの献身と尽力によって、すべては解決した! すでにビワーマスは漁場に戻ったッ! ダスクの人々よ、船を出せ! いまこそ、漁を再開するのだッ!」


 たっぷりハッタリをきかせつつ、朗々と力強く、俺は宣言した。ちょっと声が裏返っちゃったけど、気にしない。

 一瞬の沈黙。そして──。


 一斉に、群集どもが、歓呼の叫びを上げはじめた。


「おおおぉーっ! 勇者さま! 勇者さまー!」

「漁だー! ビワーマスだー!」

「我らの祈りが通じたぁぁー!」

「勇者さまバンザーイ!」

「ミレドアー! よくやってくれたー!」

「勇者さま万歳! ミレドア万歳! シスタールミエル万歳!」

「万歳! 万歳! ばんざーい!」


 まだ実際にビワーマスが戻ったかどうかすら定かでないというのに、俺の宣言ひとつで、誰もが喜びに沸き返り、すっかり大騒ぎになってしまった。げに恐るべきは群集心理。

 押し寄せる歓呼の波が、わぁっ、わぁっと俺たちを押し包み、地を揺るがすような万歳三唱の声は、いつまでもやむことなく続いた。めでたし、めでたし……。


 ……いや、万歳はもういいから、さっさと漁に出ろよ、おまえら。



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