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008:おいしくなーれ

 翼人と魔族の関係はまずまず良好だ。

 いまの翼人の国は、合議制の自治領になっている。選挙なんかもやってるようだ。俺ら魔族に対しては、翼人の代表団が年に四回、貢ぎ物を持って城へ挨拶に来る。で、俺のほうからも、適当な土産を持たせて、そいつらを送り返すという関係だ。魔族が宗主で、翼人は臣下ってわけだな。こっちからはあまり深く干渉しないことにしている。だって面倒くせえし。


 今日はその翼人の代表者が来るというんだが……季節ごとの挨拶以外の用事で、翼人がわざわざここまで来るのは、大抵こちらへの援軍依頼だ。

 あいつら昔からエルフと仲が悪くて、時々攻め込まれたりするらしい。で、宗主である俺様に援軍を頼んでくる。俺らとの戦争のあと、翼人の軍備はかなり弱体化してしまったし、なにより翼人はエルフの魔法に滅法弱い。俺ら魔族の魔法は効かないくせにな。逆に、魔族はエルフの魔法を受け付けないので、援軍には最適というわけだ。援軍つうか、盾だな。ディフェンスに定評があると。


 エルフの森の結界は、魔族のこの性質を逆利用したものだ。エルフの魔力を受け付けないからこそ、魔族はエルフの張った結界に弾き返されてしまう。まったく世の中、何でも思い通りとはいかんもんだ。

 それはともかく、タダで援軍を出してやるほど、俺も甘くはない。翼人のほうもそれは承知しているので、こういう場合、必ず特別な貢ぎ物を用意してくる。


「実は先日、王宮の整理中に、大変珍しいものを発見しまして……」


 玉座の間で、その翼人の代表が平伏しながら言う。ペータンとかいう名前の冴えないおっさんだ。もとはカゴを担いで薬草なんぞを売り歩いてた商人らしいが、代表選挙のとき、周りからの推薦で無理やり候補者にされ、そのまま当選してしまったらしい。いまやカゴならぬ自分が担ぎ上げられる身になったわけだ。誰がうまいことをいえと。


「ほう……。話を聞かせてもらおう。面をあげい」


 公式な謁見なので、俺も普段とは違って、それっぽい態度で応対する。昨日、人間どもと戦ったときもそうだが、身内以外には、なるべく重厚な感じで、いかにも魔王! な振舞いを心がけている。イメージは大切にしないとな。ハッタリともいうが。


「ははーっ」


 ペータンが面をあげた。


「愚か者! 頭が高い!」


 俺が鋭く叱ると、ペータンはあわてて「へへーっ」と再び平伏した。


「面をあげい」

「ははーっ」

「頭が高い!」

「へへーっ」

「面をあげい」

「ははーっ」

「頭が高い! 控えおろう!」

「へへーっ!」

「よし。掴みはこれくらいでよかろう。面をあげよ」

「……何の掴みでございますか」

「いや、こちらのことだ。話を聞こうか。珍しいものとはなんだ?」

「は。では失礼して……例のものを、これへ」


 ペータンが肩ごしに背後へ呼ばわると、若い翼人の男どもが二人、でかい板を左右で支え持ちながら、玉座の間に入ってきた。

 板の上には、なにやら金色に輝く、ちょっといびつな形の石だか岩塊だかが載っている。けっこう大きいし、重そうだ。


「こちら、金の漬物石でございます」


 ペータンが得意気に説明する。


「原石ではなく、精錬された純金でして」

「……それで糠漬けでも漬けろと申すか?」


 俺はつい突っ込んでしまった。金はそりゃこの世界でも貴重品だし、その塊となれば、なかなかの価値になるだろうが、なにゆえ漬物石。重いから?


「ええ、そこでございます」


 ペータンはなぜか誇らしげに答えた。つまりツッコミ待ちだったということか。くそ、乗せられてしまったようだな。


「この漬物石、材質は純金なのですが、何やら不思議な魔法がかかっておるようでございまして。どんな野菜でも、ものの数分でしっかりと漬かり、見事おいしい漬物になってしまうのでございます。糠漬けはむろん、奈良漬けでもザワークラウトでも、なんでもこいの逸品でございまするぞ」

「ほほお!」


 思わず感嘆の声が出てしまった。なぜこの世界に奈良漬けがあるのかはともかく、これはかなり魅力的なアイテムだ。食べたいときに、数分で食べたい漬物ができるとは。これさえあれば、あー茄子の糠漬け食いてー、と思い立って畑中さんに頼んでから半日待たされる、なんてこともなくなるわけだ。


「口頭で説明するより、実例をご覧にいれましょう」


 ペータンが男どもに指図し、干した大根を数本と、漬物壷をひとつ、玉座の間に持ち込ませた。壷にはすでに糠床が敷き詰められている。そこに塩をもみ揉み込んだ干し大根を入れて蓋をし、金の漬物石を載せた。


「待つ間、おいしくなーれ、おいしくなーれ、と、何度か石に呼びかけるのがコツでございます。冗談のようですが、これが本当に魔法の呪文になるようでして」


 なにその微妙な呪文……。

 二分ほど経過し、男どもが金の漬物石と蓋をどかせ、干し大根を取り出した。ナイフで手早く一口大に切り分け、皿に載せて、俺に差し出す。


「さ、ご試食を」


 言われるまま、大根の一切れを齧ってみる。ぽりぽりっと小気味良い音が玉座の間に響いた。

 ――おおお! ちゃんと漬かってる! これ沢庵だよ! 正真正銘の沢庵漬けだよ!


「おおう……!」


 俺は大いに唸った。これは旨い。金の漬物石、恐るべし。


「気に入った。精兵五千、援軍に出してつかわそう」


 俺は気前よく告げた。今まで、三千以上の兵力を出したことはないから、これは相当な大判振舞いだ。

 が、ペータンは、ほんのわずか、不服そうな顔で応えた。


「い、いまひと声、お願いできませぬかっ」


 ぬう。さすが元商人。こっちが金の漬物石を本気で欲しがっていると見るや、要求を吊り上げてきたか。


「では、六千だ」

「あ、あとひと声っ、お願いいたします!」


 ペータンも必死だ。それだけ今回のエルフとの戦いは苦しいのだろう。翼人の国がどうなろうが、正直知ったこっちゃないんだが、くそ生意気なエルフどもが今以上に幅をきかせるのは、こっちも癪に障るからな。ギリギリまで出してやろう。


「七千だ。これ以上は出せぬ。あとは、そうだな、ミーノ将軍を付けてやろう。あやつなら、一人で千人分くらいの働きはするであろう」

「おお、あのミーノどのでございますか! ありがたき幸せにございまするーっ」


 ペータンは心底嬉しそうに平伏した。

 ミノタウロスのミーノくんは、斧を持たせれば魔族屈指という猛牛、いや猛将だ。やたら怒りっぽいのが珠に瑕だが、赤いものさえ見せなければ大丈夫。できれば手許に置いておきたい人材というか牛材なんだが、まあ仕方ない。


 謁見と交渉を終え、ペータンは恐縮そうに何度も頭を下げながら退出していった。しかし翼人ってのは、よくもまあ、こんなわけのわからん宝物を溜め込んでるもんだな。例の水晶球にしてもそうだが、季節の挨拶のときも、金の竿竹とか金の高枝切りバサミとか金の幸運を呼ぶ壷とか、妙なものばっかり持ってくるし。もっとも、今回のはかなり実用的なアイテムで、俺も大満足だ。

 そうそう、畑中さんに、こいつの使い方を教えておかんとな。ぼちぼち昼メシの時間だし。鮎は塩焼きにしてもらって、あとはこいつで茄子の糠漬けを作ってもらおう。


 俺は玉座から立ち上がると、金の漬物石を持ち上げ、……うっ、けっこう重いぞこれ。肩に担いで、食堂へ向かった。

 畑中さんが大喜びしたのはいうまでもない。さっそく山のような糠漬けをこさえて、食堂は漬物バイキング状態に。そんなに食いきれねーよ!



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