798:響く天上の歌声
ケライノが朗々と歌いだす――「頭がおかしくなるホーン」1号機をかざして。
月のものが来た来た
月のものが来た
サヨイヨイ♪
いきなりコレだよ!
もう歌詞からしてアタマおかしいわ! そもそもハーピーに月のものってあるんだろうか?
しかも声そのものも妙にダミ声というか、ボエ~って耳障りな歌声。これは頭がおかしくなるホーンの効果……ではないな。たぶんケライノ、普通に音痴なんだろう。こりゃ人選、間違ったかなあ?
ともあれ、その壮絶下手くそな歌声が指揮管制室に鳴り響くや、たちまちオペレーターズ四人がバタバタとその場に倒れ込み、スーさんがヘッドセットに手を当てたまま、ひくひく骨を痙攣させはじめた。
アンデッドのスーさんにすら効果があるとは、頭がおかしくなるホーンの威力、おそるべし。
俺はとくに影響ないけどな。勇者の精神耐性ってやつで。たんにケライノが物凄い音痴なので、そういう意味で辟易しているが。
あんまり血糖値が高いので
さぞや大槻さん眠たかろ
サノヨイヨイ♪
誰だよ大槻さんって。
食事などで血糖値が上昇したあと、急激に下がると眠くなる。これを血糖値スパイクといって糖尿の……ってそんな話はどうでもよろしい。
ともかく、このままでは後の仕事にも支障が出る。先にきちんと対策をやっとくべきだったな。ちと迂闊だった。
俺は、室内のスピーカーのボリュームを最小限に絞ってから、オペレーターズにまとめて治癒魔法を浴びせてやった。体力じゃなくて状態異常を回復するほうのやつだ。
「しばらくヘッドセットは外して、モニターだけ監視しておけ」
と、俺が指示すると、四人娘は、なお少々血の気の失せたような顔で席に戻った。
「うっげー、マジ音痴ー」
「なんかー、ノイズの塊がノーミソばんばん叩いてくるっすわ」
「ありえねー声……」
「いや、逆にすげーわ……」
とか口々に呟きながら仕事を再開するオペレーターズ。一応、ついでに室内に障壁を張って、「頭がおかしくなるホーン」の魔力による影響はカットしておいたが、それでもケライノのガチ音痴っぷりだけはどうにもならん。
「陛下。モニターをごらんください」
スーさんが告げてきた。さすが上級アンデッド、もう立ち直ったか。
「どれどれ」
と、促されるままモニターを眺めやる。
ボエェェ~……と不気味な歌声響くなか、モニター上に浮かぶ光点が次々と消えてゆく。ひとつ、またひとつ……。あ、いま五個まとめて消えた。残る二、三の光点は、大慌てで後退してゆく。
「どうやら、効果覿面だったようですな」
スーさんが述べる。
さきほどオペレーターズがバタバタ倒れたように、いまケライノが用いている「頭がおかしくなるホーン」1号機の音波は、精神干渉の魔力を帯びており、対象に軽度の精神ダメージを与えるよう調整してある。
今回の実験は、ようするに、この精神干渉の魔力がフォルティック、ひいてはバハムートに通用するかどうかを試したもの。どうやら成功のようだ。むしろ効きすぎかもしれん。せいぜい敵を混乱させて撤退に追い込む程度の想定だったのだが、まさか墜としてしまうとは……。
ケライノのとてつもない歌声で、予想外の大ダメージを与えてしまってる可能性もある。今後もう少し調整が必要になるかもな。
「あ、あのー、アークっちー?」
ふと、オペレーターズの一人が、俺の背後から、おずおずと声をかけてきた。
「どうした?」
「そ、それがぁ……」
見やると、ブランシーカーと繋がってるはずの各モニターが、ザザーッと砂嵐状態になっている。
「ウチらの母艦の反応、ロスト……通信も途絶、しちゃいましたぁ……」
うわ。もしかしてフォルティックだけじゃなくて、ブランシーカーも落ちた?
「作戦終了! 終了だケライノ! いますぐ歌うのをやめろォ!」
俺は大慌てでケライノに呼びかけた……。
通信途絶からおよそ五分後。
「ちょっとアークっ! 聞いてないわよ、あんなムチャクチャな声!」
ブランシーカーとの通信が回復するやいな、メインモニターごしに、ちび妖精のブランがドアップで怒鳴ってきた。
「アタシとレールはギリギリ耐えたけど、他の連中みんな寝込んじゃったのよ! あやうく船ごと落っこちるとこだったわ!」
「……いや、すまん。まさか、あれほどの威力があるとは計算外だった」
俺は素直に謝罪した。ケライノの音痴っぷりが「頭がおかしくなるホーン」1号機の破壊力を増幅したことはほぼ間違いない。ブランシーカーのモニタリング用マイクには一応、魔力干渉をカットするフィルターを、チーを介して提供してたんだが、それすら突き抜けてブランシーカー乗員どもに大ダメージを与えてしまったようだ。
ただ、これはケライノが悪いわけではない。俺の人選ミスだ。ここは素直に謝っといたほうがよかろう。あまりブランのご機嫌を損ねると、途中でなんもかんも放り出して、また次元放浪の旅に戻るとか言い出しかねんし。
「ふん、まあいいわ。データはきっちり取ったから、今後の参考にさせてもらうわよ。ほんとにもう、とんでもないもん作ったわね」
ブランは、頬をぷっくり膨らませつつ、前後の事情を俺に聞かせた。
あの歌声が流れるや、操縦室にいたアロアが真っ先にぶっ倒れてしまい、同乗していたリネスたちも泡を噴いて倒れ、レールとブランも意識朦朧たる状態で、かろうじて操船を続けて、墜落だけは免れたという。いまはケライノの歌声もやみ、船内の状況も通常に戻ったとか。
それにしても、レールはギリギリ耐えたんだな。さすがソシャゲ主人公というべきか。なにかしらの能力補正でもかかってんのかね?
「あと、悪いと思ってるなら、精神干渉魔法とやらの詳細データ、こっちにもよこしなさい。今回はそれで勘弁したげるわ」
「そりゃかまわんが、何に使う気だ、そんなもん」
まさか、もっと凶悪な音響兵器を作ろうってんじゃないだろうな?
「あれを応用すれば、魚群をまとめて気絶させて浮かせたりできるわよね。イワシ漁とかに便利じゃない?」
それはなんとも平和的な利用法……。バハムートを撃退した後で、こっちでもちょっと検討してみようかね?




