797:魔法のマイク
フォルティックの装甲は、こちらの世界には存在しない特殊な素材を重ね合わせた複合装甲という。
熱に強く冷気に弱く、電気にはそこそこ強い。また、単純な物理衝撃への防御力もきわめて高い。とくに正面装甲をまともに貫通させるには、ブランシーカーのSSR級乗員、具体的には戦闘力二万超えのSSRキャラの攻撃力でギリギリ打ち抜ける――という、やけに細かい試算をブランが出している。こっちの世界でいえば、ほぼ魔王クラスの攻撃力といっていい。
ようするに、むちゃくちゃ硬いってことだ。
こんな具合に、フォルティックの物理的な耐性については、一通り試算してみたわけだが、では次なる実験は……。
と、その前に。
フォルティック三十輌による主砲斉射。その第二射目が、すでにケライノ隊めがけて放たれている。これをどうにかせねばならん。
俺は、ある思い付きを、ここでスーさんに告げた。
スーさんは「やってみましょう」と、急いでヘッドセットへ向かう。
「ケライノ、陛下からのご指示です。いますぐ実行してください」
やや早口にケライノへ指示を下すスーさん。
それを聞き取るや――。
「さあ、あなたたち! 私を守りなさい!」
ケライノの厳しい叱咤の声に、第一射を生き残った鏡面加工ガーゴイルおよそ二十体が、ギョゲェー! とかアイヤー! とか叫びつつ、ケライノの前面に再び集結し、空に浮かぶ巨大な方形の鏡を形成した。といっても、さきほどの半分ほどの大きさだが。
殺到してくるビームの光芒が、その鏡に直撃する――直前。
鏡面加工ガーゴイルたちが、ざわざわと隊列を組み替えた。ケライノから見ておよそ右四十度ほど、鏡面がぐぐっと動き、大きく空中に傾斜する。
そこへ、ぶっとい収束白濁ビーム光が殺到し――。
見事、あさっての方角へ――弾いた!
ようするに、真正面から受け止めて反射するのではなく、傾斜させた鏡面でもって、受け流す――という思いつき。
どうやら、うまくいったらしい。しかも今度はガーゴイルどもが受けたダメージも最小限で済んでいる。端っこの数体、ぼろりと崩れてしまったが、誤差の範囲といえよう。
「せ、成功です! さすが陛下っ!」
ケライノが、えらく感激した様子で声をあげた。
……いや、もともと傾斜装甲ってのがあるし、鏡面でそれをやれば、ビームも弾けるんじゃないかと思っただけなんだが……ともあれ、ケライノが無事なら問題ない。いまの一幕も、ブランシーカー側ではきっちりモニターしているだろうし、そのデータは後々の参考にできるはずだ。
さて、余興はこれくらいにしておこう。今回の実証実験は、ここからが本番だ。
敵が次弾装填してくる前に、スーさんからケライノへ、新たな指示を伝達する。
「ケライノ、例のものを用意してください」
「承知しました」
……なんか日曜夕方の国民的お笑い番組のアレみたいなやりとりを経て、おもむろに、ケライノが腰袋から取り出したのは……拡声器。
それもやけに古めかしい、ラッパ型のやつ。選挙カーなんかに積んであるアレだ。
一見、よくある片手持ち拡声器……といっても、こっちの世界に本来、そんなもの存在しないが、それはそれとして。
あれぞチーが新たに開発した試作魔法アイテム「頭がおかしくなるホーン」一号機。
……命名は俺じゃないぞ。チーだ。ネーミングセンスという点では壊滅的ながら、しかしアイテムの効用を簡潔に説明できているので、問題ないといえば確かに問題はない。ある意味チーらしいともいえる。そういえば「ここぴえ」もチーの命名だったな。
ケライノが拡声器を取り出すのと同時に、いったん後退していた石像ガーゴイルの一群、およそ七十体ほどが再び前面に出てきた。それらは、あらかじめ指示を受けていたのか、自発的にケライノの左右前方に列をなして、さらに上下にも展開した。
これをケライノの視点でみると、視界前方の上下左右にガーゴイルどもがびっしりと並んで、ちょっとした石のトンネルが空中に浮かんで、前方へと伸びているような風情になる。ようは巨大なラッパだ。石造りの。
「準備、ととのいました」
ケライノが短く報告する。モニターの前で、スーさんがカクン! とうなずいた。
「では始めてください」
スーさんに促されると、ケライノは拡声器をかざし、スイッチを入れた。
フォォォーン……と、軽いハウリングが生じる。
「あー、テス、テス……こちらは、魔王軍第801戦闘航空団サノバビッチーズ……」
いや、そんな組織は存在しねえぞ!? 少なくとも俺はそんな部隊の設立なんて聞いてねえっていうかなんだそのサイテーにもほどがある部隊名。
俺の隣りで、スーさんが、なぜかカクカクうなずいている。え? もしかしてスーさん公認の新設部隊とか? 聞いてねえよ! あとその名称だけはさすがにどうにかしろよ!
と、やや動揺気味な俺の内心などお構いなく、ケライノは淡々と告げた。
「前方の侵略者どもに警告する。ただちに戦闘行為を停止せよ。然らざれば――」
……然らざれば。
「――歌う!」
いきなりモニターごしに流れ出す重低音。これはあらかじめ「頭がおかしくなるホーン」に内蔵されてる十二曲の動作チェック用カラオケ音源のひとつ。タイトルは……なんだっけな?
「それでは聴いてください。――伊田場打選炭唄」
なんで炭坑節の元ネタだよ!?




