796:鏡よ鏡、鏡さん
バハムート陣営の最新機動兵器フォルティック。
単純な物理衝撃や高温に対しては、ほぼ天井知らずの耐性が備わっており、煮えたぎる溶岩の海に飛び込んでも平気で活動できるという。
一方、低温にはさほど強くないことが、かの量産型簡易気象兵器……携行式スポットフリーザー「ここぴえ」を用いた実戦にて、すでに実証されている。だいたいマイナス九十度ぐらいで行動不能になるらしい。これで3980円はお買い得。いやそれはどうでもいい。
では電気……雷撃はどうか。
ケライノがぶちかました天魔族秘伝の空中魔法陣による一撃は、俺が想定した以上の威力を発揮したようだが、それでも先頭の数輌を落とすのがやっと。まったく通じないわけでもないが、あまり効率はよくなさそうだ。
ということで、次なる実証実験へ移ることに。ちょうど両者の距離も、いい具合に接近してきている。
「ケライノ隊、きこえますか」
スーさんがコンソールを操作し、モニター上の情報を参照しつつ、ヘッドセットごしにケライノへ新たな指示を送った。
「第二段階へ移行します。攻撃は行わず、ゆっくり前進しながら、例のものを準備するように」
「了解しました。あ、ところで先ほどの技名なのですが」
ケライノが返答しつつ訊いてきた。
「宰相閣下イチオシのネーミングということで、事前の打ち合わせ通りに叫んでみましたが……やっぱちょっとダサくないですか?」
いつの間にそんな打ち合わせやってたんだ!? というか技名って。
「なにをいうのです!」
スーさんが、いつになく熱っぽい口調で反論した。
「冥闇の銀雷! かつて陛下が人間の軍勢を一撃で全滅させた、最強最大の魔法なのですよ! 響きもセンスも最高ではありませんか!」
ええ……まさかあんなもの、本気で薦めたんじゃないよな? いやそれ以前に俺の技を勝手に部下に薦めんなっていうか。
「まさに陛下の心の中学二年生が大暴れ! という感じで、とても可愛いらしいでしょう!?」
ああ。どっちかってーと中二病息子を嬉々として見守るオカンの心理に近い……。
突っ込みどころが多すぎて、もはや何も言う気力すら出てこない。……ここは、あえてノーコメントってことにしとこう。
スーさんの新たな指示を受けて、ケライノ隊は再び隊列を組み直した。ここからは、魔王城技術陣による試作兵器の実験投入となる。
今回、こちらでは二種類の実験を準備している。まずはその第一弾。
「フォルティック編隊、陣形を再編成しています!」
「敵編隊よりデータ未登録の小型飛行物体、複数射出を確認! 弾着観測用ドローンと推測されます!」
「新たなレーダー波の照射を観測! ケライノ隊、ロックオンされています!」
オペレーターズからの緊迫感に満ちた報告。ほほう。あちらもドローンを出してきたか。しかもそれでケライノ隊をがっちりロックオンしている。
このへんは、だいたいこちらの想定通りの対応だ。とくれば、次は……撃ってくるわけだな。
そうする間に、こちらの準備も確実に進行している。
「……敵編隊、エネルギーゲイン急上昇! 来ます!」
その報告とほぼ同時に、モニター映像内にて、フォルティック編隊の主砲による一斉攻撃が放たれた。例のブレイクカノンとかいう荷電粒子ビーム砲だ。
一方こちらは――鉄製ガーゴイルどもが後退し、それに代わって、特殊な加工を施された四十体ほどのガーゴイルの一群が、既に前面に出ている。
それら、いずれも材質は石像なのだが、表面に金属メッキが何層にも蒸着され、仕上げとして外光を四方に反射する、いわゆる鏡面加工が施されている。ついでに、屈折率を大幅に向上させる特殊なカットまでなされている。
敵主砲の、まさに発射直後――そいつらがケライノの前方に隙間無く並んで壁となり、巨大な鏡が空中に現出した。
フォルティック二十輌から放たれた白光の束は、太い一本の白帯と化して、碧空を斜めに伸びて行き――まっすぐ、鏡面加工ガーゴイルの陣壁を突いた。
もともと光というエネルギーには、波と粒子、その両方の性質が備わっており、鏡面はその光の、波のほうの性質を屈折、反射させる性質を擁する……らしい。なんせ俺はそういう専門家ではないので詳しいことはわからんが。
ビーム光線といえど、この物理法則の埒外ではなく、鏡面の屈折率が荷電粒子の総エネルギーを上回っていれば、光を屈折、反射、拡散させることで、ダメージを負うことなく防御可能なのだとか。
で、それをやらせてみたわけだが。
あっさり反射……とはいかなかった。
真正面からぶっといビーム砲の直撃を受けつつ、そのエネルギーを周囲に拡散させ、かろうじて第一波を受けきりはした。
しかし結果として、四十体ほどいた鏡面加工ガーゴイルの半分くらいが蒸発したり粉々になったりと、到底ノーダメージとはいえない状態だった。
「あー、これ、ハナっから想定ミスってるじゃん。そりゃうまくいかないって」
いきなり管制室のメインモニターが切り替わった。現れたのは、ブランシーカーに乗り込んでるはずのちび妖精ブラン。
「いま、こっちでも計測してみたけどさ、あの出力を完全に防ぐなら、鏡の大きさも厚みも全然足りてないよ。それぞれ、あと五倍ぐらいは必要だね」
得々と解説してみせるブラン。
俺はにべなく答えた。
「もともと、鏡面装甲というアイデアを出してきたのはそっちだろう。正確なデータを出してこなかったそっちが悪い」
「しょーがないでしょ、まだ、あっちの主砲の厳密な出力なんて判明してなかったし! でも今回ので、バッチリデータは取れたからね! 今度は完璧な図面を用意してあげるわ!」
鏡面装甲。いま述べたように、ブランの思いつきをもとに、ロートゲッツェのオプション装備として開発中のものだったりする。先ほどの鏡面ガーゴイル隊は、そのためのデータ取りと実証実験に使った連中というわけだ。
こちらがそんなやりとりをしている間にも、現地ではブレイクカノンの第二射が、いまにも放たれんとしていた――。
では続いて、実証実験第二弾に入るとしよう。




