794:とある科学の例のアレ
前回の戦闘では、バハムート側はほぼ光学兵器しか撃ってこなかった。
あのときは、互いにそこそこ接近していたし、ビームさえヒョイヒョイ回避する相手に、弾速で劣るミサイルや実体弾は無駄になると指揮官が判断したとか――これは後日捕虜にしたアスピクの証言だが。
それが、今回はいきなり遠距離からミサイルを撃ってきた。まずは小手調べというところかね。
ミサイルの飛来速度は音速の十倍程度。かなり速いものの、ビーム砲ほどではない。アルバラらのような上級アンデッドたちなら鼻歌まじりで回避するだろうが、今回は――。
「……空の王者たる我らハーピーに、そんなもの通じるわけないでしょう!」
ミサイル接近の報を受けるや、ケライノは空中にホバリング静止し、黒い両翼を激しく羽ばたかせた。
途端、ごおうッ! と、猛烈な風音がモニターごしに響いてきた。目には見えないが、ハーピーの固有能力によって気流を操作し、竜巻状の大気の渦を前方に発生させたようだ。
飛んできたミサイル五基は、ことごとくケライノが作り出した竜巻に吸い寄せられ、巻き込まれたと見えるや、瞬時にバラバラに分解され、白い破片を四方に飛び散らせた。
さすがはハーピー、鮮やかな手際。空の王者とまでは誰も言ってない気もするが、彼女ら三姉妹が空中戦で無類の強さを誇るのは事実だからな。
さらに追加で極音速ミサイル数発、ばらばらと飛んできたものの、一発もケライノのもとには届かず、ことごとく空中分解されていった。
「ふふん! こんなものですか! 手ぬるいですねっ!」
なぜかモニターがケライノのドヤ顔をアップで映し出す。実はミサイルと一緒くたに、前面にいたガーゴイル数体も巻き込まれてバラバラになったりしてるが……。まあいいか。どうせ死なない連中だし。
と見る間にも、ミサイルに続いて、さらに高速な物体群が、続々とケライノたちの方へ飛来する様子が観測された。
「電荷を帯びた実体弾です。リニアレール・ガンに類する兵器と推測されます」
オペレーターの一人、セレン……とかいったか。そいつが落ち着き払って推測を述べた。
リニアレール・ガンというのは、ざっくりいえば、金属の実体弾を電磁力の反発力を用いて撃ち出すもの。ミサイルのような自前の推進力や誘導能力はなく、射程も短めだが、きわめて高速かつ強烈な貫通力を持つ。レーザーやビームと並んでスペオペの定番というべき代物だな。いやこの世界はあくまでファンタジー異世界であってSF宇宙戦争の舞台じゃないんだが……。
リニアレール・ガンは、いま魔王城にある旧式空間戦車には無い装備だが、アスピクの証言によって、あちらの新型であるフォルティックにはそれぞれ一基ずつ搭載されていることが既にわかっている。
そのリニアレール・ガンが届く程度にまで、現在、彼我互いに接近しつつあるということでもあろう。
「ふんッ! 何がこようと、この私に届くものですか!」
ケライノは、再び両翼を激しく羽ばたかせた。
ところが――。
人間の腕ぐらいの直径と長さを持つ特殊金属の弾丸は、先のミサイルよりさらに高速で飛来し、ケライノが発生させた気流の渦をものともせず、そのど真ん中をまっすぐ突き抜け、次から次へケライノらのもとへ殺到した。
「え、うわわッ!? そんな!?」
直前、ケライノは身をよじるようにして、大慌てでそれらの弾丸を回避した。なかなか見事な反応っぷり。ケライノの気流操作によって、多少は弾丸の速度も減じていたのが幸いしたようだ。
しかし、ケライノの周囲にいたガーゴイル数体は、あっさり直撃を食らって砕け散ってしまった。ケライノ自身、さっきまでの余裕はもはや失ってしまったようだ。実際かなり際どかったしな。当たってたらケライノといえど無事では済まなかったろう。
リニアレール・ガンってのも、意外に侮れん威力があるな。なかなか使える武器のようだ。わが魔王城の技術水準では、あんなもの模倣しようもないが、クラスカやブランたちの技術を借りれば、制作は可能だろうか。後でちょっと打診してみようかな。
「ぐっ……おのれッ! そう来るならばっ!」
ケライノは、怒りもあらわに声を荒げた。いよいよ本気で戦う気になったようだ。
「きなさい! 作戦通りにいきますよ!」
決然、後方のガーゴイルどもへ声を投げかけるケライノ。
……って、あいつら、事前に作戦なんて立ててたのか?
そんなもの立てたところで、あのガーゴイルどもが真面目に従うものだろうか……。
「ギェギェー! アネサン、コワイー! ツイテイキマッセー!」
「シニタクネェー! シニタクネェー!」
「ジョーブツ、イヤァー!」
ガーゴイルどもの返事がおかしい。いつもの軽口や悪罵じゃなくて、ほとんど悲鳴に近い。
いったいガーゴイルどもに何をしたんだケライノ……。
……いやまー、別にどーでもいいけどな。ガーゴイルって、もともと低級悪霊だし。どうとでもしてくれっていうか。
そのガーゴイルどものうち、石像の連中は、ゆっくりと後方へさがり、黒光りする金属像の一隊のみが、ささっと前面へ出てきた。数は二十体ほど。
それらが、ケライノの前方、およそ十五メートルほど先の空中で、上下左右にピシッと並んで、菱形の隊列を展開した。
「いきますよ! ふんぬぬぬッ……!」
ケライノが付近の魔力を集めはじめた。その両翼に、急速に風の魔力が漲ってゆくのが見える。
同時に、バチバチッと、蒼い電光がケライノの周囲に閃きはじめた。
「こおおおお……!」
魔力チャージ中……というところだろうか。ケライノの保有魔力がぐんぐん膨れあがってゆく様子が見てとれる。
俺も含め、管制室の面々、つい、みな固唾を呑んで、モニターを注視した。
これは、俺にとっても予定にない状況だ。
いったい、これから何が起こるのか?




