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790:産みたて有精卵


 昼過ぎ頃。

 魔王城食堂。


 ハネリンやミレドアらとともに、だし巻き定食など食しつつ、畑中さんと米麹の素晴らしさについて熱く語り合っていると、例の腕時計型ウェアラブル端末、すなわち陛下トレーサーの呼び出し音が響いた。これもいい加減、もう少しマシな名前に変えたほうがいいと思う。


「陛下、お忙しいところ、申し訳ございません。いまよろしいでしょうか」


 画面には骸骨のスーさん。何事だろうか。

 畑中さんが米麹から作ったという甘酒をすすりつつ、俺はうなずいてみせた。旨いなこれ。


「ブランどのより、ブランシーカーの発進準備が整ったとの連絡がございました」

「ほう。いよいよか」

「こちらの派遣部隊の編成も済んでおります」

「誰を出すんだ?」

「城内のガーゴイルから、空中戦闘に耐えうる個体を選抜しております。数は二百。指揮はケライノに任せることになっておりまする」

「……あいつか」


 ガーゴイルとは、石像や金属像に邪悪な霊魂が宿った魔物。下級魔族ではあるが、その多くが飛行能力を持ち、頑丈なボディとそこそこの知能を持ちあわせる。それなりに戦闘能力は高いが、なぜか異常に口が悪い連中だ。

 ケライノは女面鳥身の怪物、いわゆるハーピー三姉妹の三女。「黒い女」の異名を持ち、翼と下半身が真っ黒い羽毛に覆われているのが特徴。こちらは歴とした高位魔族で、俺とも面識がある。


 ただなんというか……ハーピー三姉妹共通の特徴というか悪癖というか、メシの食い方が……やたら汚い。

 どんなよくできた料理も八方ぐしゃぐしゃにかき混ぜながら食い散らかし、水はこぼすスープは飛び散る、三姉妹の去った後は、見るも無惨な残飯が、汚泥のごとく床を埋めつくしている。


 それゆえ、三姉妹は、ここ魔王城食堂を出入り禁止になっている。俺以上に畑中さんがブチ切れたからだ。なんせ畑中さんを怒らせると、料理をしてくれなくなる。そうなると俺もここのメシを食えなくなるわけで、大迷惑もいいとこだからな。

 そんなハーピー三姉妹だが、戦闘力は高位魔族のうちでもかなり優れた部類で、風を自在に操り、空間戦闘に長けている。


 三姉妹のうちでも、ケライノは比較的おとなしいほうで、普段は理知的ですらある。ただし怒るとガーゴイルどもすらビビって押し黙るほどの滅茶苦茶な暴言を吐き散らすので、ガーゴイルどもも、あえてケライノをおちょくるような真似はしないのだとか。ある意味、ガーゴイルどもの指揮を執るには、このうえない人選といえるかもしれない。

 それとガーゴイルどもは、見た目こそ石像や金属像だが、それらは無機物の依り代にすぎず、たとえ粉々に破壊されても死ぬわけではない。本体の悪霊は、いわゆる浄化魔法などで消し去ることはできるにせよ、物理的な攻撃で死ぬことはなく、また別の依り代を探して憑依させれば元気に動き出す。ようするに死なないので、今回のモニタリングには最適の駒といえそうだ。





 食堂を出て指揮所に入ると、スーさんが静かに俺を待ち受けていた。

 ここは前回同様、今回のモニタリングでも魔族側の中枢指揮所としての役割を持つ。


 壁面には、ブランシーカーから持ち込まれたモニターや計器類、連絡用機器などがびっしり並んで、なんとも物々しい雰囲気。もっとも、俺ら魔族には扱い方のわからない機材も多い。ブランシーカーの出撃にあわせて、何人かの補助要員が、オペレーターとして、あの船からこっちに派遣されてくる手筈になっている。

 で、その前に――。


「陛下、ケライノをこれへお召しになりますか?」


 出撃を間近に控え、指揮官たるケライノへ、なにか訓示を授けられては――というスーさんの提案だ。

 特に俺から話すこともないが……一応、最低限の注意事項だけは聞かせておくべきかもしれん。


「そうだな。呼んでくれ」

「は。では、すぐ呼び出します」


 と、スーさんはデスク上の呼び鈴を取り上げて、ちりんちりんと鳴らした。ハイテク機器類が並ぶなかで、やけにローテクな呼び出し手段。

 ほどなく、指揮所の窓から、突風のごとき黒影が、勢いよく室内へ飛び込んできた。


「ケライノ、お召しにより参りました」

「いや、ドアから入れよ……」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 ハーピーは半人半鳥といわれるが、多少は人間寄りの外見。顔から胴までは人間の女そのもので、胸はそこそこにある。肩口から先の両腕は大きな黒翼で、下腹部から太股にかけては黒い羽毛がびっしりと覆い、膝から下は、いかにも猛禽っぽい鋭い爪を持つ鳥脚だ。


 顔立ちは、意外というべきか……十四、五歳くらいの、ごく普通の人間の女子、そのもの。もちろん、実年齢はそんなもんではなく、だいたい二百歳ぐらいだったはずだが。


「ご用件は……って、魔王陛下?」


 そのケライノは、俺の姿を見るや、慌てて両脚と翼を器用に折りたたみ、その場に平伏した。


「これは、失礼をいたしました」

「かまわん。元気そうだな、ケライノ」

「はい、お久しゅうございます、陛下」


 ケライノは、やけに嬉しそうな様子で応えた。


「それで、ご用件はなんでしょうか。私の新鮮な産みたて有精卵をお望みでしょうか? それでしたら、今夜にでも……」


 ハーピーの有精卵……。

 食ったことないが、旨いんだろうか。


 あと、ハーピーに雄はいないわけで、じゃあその精を、誰が提供するのか。

 ……今夜?


 おいケライノ、なぜ頬を赤らめてやがる。さすがの俺でも、鳥類はちょっとハードル高いわ。



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