788:天帝の孫弟子を名乗る天帝
イレーネとクラスカは、その後も毎日、収監房を訪れ、捕虜のアスピクと接見を繰り返した。
会うたび、二人から懇々と現状を説かれ、アスピクはかなり二人に傾倒した様子。精神的にも多少は落ち着きを取り戻してきたようだ。
で、頃合を見計らって、俺のほうからも、あらためて声をかけてみた。
(あなたが魔王ねえ。ホント、そんなふうには見えないんだけど……)
言いたい放題だな。
そりゃバハムートの視点からすれば、人間が貧相に見えるのは仕方ないかもしれんが。
クラスカなどは、初対面で俺に直接斬り刻まれた経験があるせいか、絶対そういう態度は取らないが、逆にいえば、それくらいの目に合わないと、なかなか認識を改めるのは難しいのかもな。
もっとも、コイツが俺をどう見てようが、所詮は些事でしかない。こちらもいちいち気にしてはいられん。
もう必要な情報はおよそ聞き出せたし、このまま置いとくのも面倒なので、さっさと解放する。
そのうえで、今後の身の振り方はアスピク自身に選ばせることとした。
(はあ。ようするに、ここで、あなたたちに協力するか、基地に戻るか選べ、と?)
「別にどっちか選ぶ必要もないけどな。他に行きたいところでもあるなら、そうすればいい。明日には自由の身にしてやるから、その後どうするか考えとけってことさ」
(……そう)
ぐぅぅぅ……と、唸り声を洩らすアスピク。バハムート特有の悩み仕草で、時折クラスカやイレーネもこういう声を出す。そりゃ悩むよな。
なにせ所属部隊は全滅し、ただ一人の生き残りという過酷な状況。
部隊には部下だの上司だの知人だのもいただろうし、それらを殺した敵である魔王側に、好意的でいられるわけもない。いくら尊敬するイレーネに五色連盟側の非を説かれたところでな。
バハムートというのは、外見はドラゴンでも、知能やメンタルは人類に限りなく近い種族。そうあっさり掌を返せるほど、コイツも単純ではあるまい。せいぜい思い悩み、葛藤しながら自分のゆくべき道を決めるがよろしかろう……。
(うん。わかった。あなたたちに協力する)
あっさり掌返しやがった!?
そんな経緯で結局、アスピクはこっち側に付くことになった。
イレーネの説得がよほど響いたのか、あるいは他にもなにか理由があるのか、そこまではわからんが。
具体的な処遇については、イレーネとクラスカに一任することにした。軍人といっても、徴兵以前には一般大学を出て研究所勤めをしていたインテリという話だし、あの二人の手伝いぐらい十分に務まるだろう。
そうこうやってるうち、バハムート側からの第二次侵攻をこちらの警戒網がキャッチした。
前回より規模は小さい。総数は空間戦車四十輌ほどで、かなり広範囲に散らばるように展開して、ゆっくりとこちらを目指してきているという。
第一報を入れてきたのは、例によってブランシーカーの乗員だが、先日とはまた違う奴だった。
(期間限定SSR)たたかう大仙女カーサ・レミグラス
職業:天仙娘々
種族:天神族
性別:TS美少女(年齢不詳)
戦闘力:26900
二身合体:不可
備考:可愛らしい容姿とは裏腹に、絶大な身体能力と数々の仙術を極めた無双の天仙娘々。その実態は、仙界の統治者にして天仙たちの総元締め、すなわち天帝その人。とあるトラブルにより地上に転落し、老爺であった外見もなぜか12歳ぐらいの美少女と化してしまった。当人は困惑しつつも「これはこれで」とすんなり境遇を受け入れ、天帝の孫弟子たる天仙娘々を名乗り、美少女ライフを謳歌している。
いや本当にあの船はなんでもアリだな……。わしかわいいとか言っちゃったりするんだろうか。
ともあれ、その中身ジジイなTS美少女が、天仙眼とかいう凄いスキルで、接近してくる敵影をいち早く察知し、船長のレールに告げてきたのだとか。
俺は早速、骸骨のスーさんとともに司令室に入った。なぜか、ちび妖精のブランも俺にくっついてきた。レールとアロアがステージレッスンにかかりっきりで、近頃ヒマなんだとか。
ブランも一応、ブランシーカー側の責任者ではあるし、なにか意見があれば聞かせてもらおう……ってことで、対策会議をはじめることに。
「小規模なのは、おそらく、前回の件でこちらにも対抗戦力があることを察し、あらためて情報収集に出てきたものでしょう。本格的な攻勢の前に、取れるだけのデータを取るために出してきた捨て石という可能性もありますな」
と、これはスーさんの推測。
「ふうん。データねぇ」
ブランが反応する。
なぜか、俺の顔面に全身でガッシとしがみつきながら。なんでやねん。息苦しいっての。
「それってさ、こっち側からも、あちらのデータを取る良い機会なんじゃない? まだ判明してない性能とかあるんでしょ?」
バハムートの最新鋭空間戦車フォルティック。いわゆる性能緒元をはじめ、大まかな能力はアスピクの証言から判明しているが、確かにもう少し詳細な実戦データがあったほうがいいかもしれん。弱点とかまで把握できれば、こちらの対応の幅も広がるというものだ。
とはいえ。
「確かに、データは大事だが……あまり細かい計測とか、ここの技術では難しいぞ」
と、俺は応えた。
先日、アルバラとメイビィの真祖コンビにやらせたように、探知限界や有効射程なんかを大雑把に把握するのはそう難しくない。しかし、たとえば映像記録を取ったり、推進力や運動性、武装などのエネルギー値を計測したり、そういった詳細なデータ取りとなると、魔王城にそんな機材もなければ運用ノウハウもない。
「でしょーね」
ブランはうんうんとうなずいてみせた。
「だからさ、そのへん、ちょっとアタシらに任せてみない? せっかく燃料も満タンにしてもらったしさ」
ブランは、にこにこ微笑みながら、そんな提案をしてきた。ようするに退屈だから仕事させろってか。
あと、いつまで俺の顔面に貼り付いてんだちび妖精。息苦しいだろーが。スーさんも黙って見てないでツッコミぐらい入れてくれ……。




