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787:イレーネ教授の臨時講義


 青龍の捕虜アスピクは、当初、白龍イレーネとの再会を単純に喜び、問われるまま自分の事情など語りもしたが、その興奮も次第に落ち着くと、ようやく自分の置かれた状況を思い出したらしい。

 当然、こういう疑問も出てくる。


(ところで、あの……なぜ、イレーネ教授がこんなところに? ここは、魔王を自称する敵性生物の拠点ではないのですか?)


 そう問われて、イレーネは、グッグッ、といかにもドラゴンっぽい笑声を洩らしつつ、俺のほうへ顔を向けた。なにわろてんねん。


「ですってよ? 自称魔王さん。まだ自己紹介してなかったの?」


 いや自称じゃねーし。見ためこんなでも、俺は一応、魔族の王様だからな。自他共に認める魔王といっていいはずだ。


「コイツ、さっきまで、まるで聞く耳持たなかったからな。せっかくだし、オマエから、こっちの事情を説明してやってくれんか」

(そうね。……ではここで、臨時講義といきましょうか)


 イレーネは、これまでの経緯を、理路整然と語って聞かせた。アスピクだけでなく、居合わせた魔族どもも、やけに神妙に講義に聞き入った。

 まずは、この世界の概要――人間、エルフ、翼人、魔族の四種族が複雑な関係性を築きつつ繁栄してきた歴史があり、科学よりも魔法が発達したファンタジックな文明様式を擁する世界であること。


 また古くから勇者と魔王が世界の覇権をめぐり激しい相克を演じてきたが、現在では両者が同一人格に統合されており、その権威、権力、武力をもって、実質、この世界の代表的統治者として君臨していること。


 それが他でもない、この俺様であること。

 ……などを、丁寧にイレーネは語って聞かせた。


(は? ……こんなものが、この世界で一番偉いんですか? 本当に? この貧相な生物(ナマモノ)が?)

「誰が貧相なナマモノじゃあァ!」


 アスピクの身も蓋も無い言い草に、つい俺も大人気ない反応をしてしまった。

 クラスカに横から宥められて、どうにか落ち着きを取り戻したが。おのれ小生意気な青メスドラゴンめ。この講義が終わったらドラゴキャプチャーに放り込んでヒィヒィいわせてやろうか。





 ……事の発端は、イレーネがもとの世界でのフィールドワーク中、偶然、黒都のエネルギー研究者でありエンジン技術者でもある黒龍クラスカと出会ったことにある。

 直後に、現地に発生した空間断裂に二人揃って吸い込まれ、こちらの世界――すなわち、五色連盟による異世界植民計画のターゲットとなっているこの世界へと、図らずも入り込んでしまった。


 実は黒龍クラスカと、その国許である黒都は、もともと異世界植民計画には反対の立場を取っていた。イレーネもこれに共鳴して、クラスカとは協力関係を結ぶことになった。

 その後、二人は一度、バハムート世界に帰還したが、そこで五色連盟最高会議による侵攻計画の正式議決を知り、急いで再びこちらの世界へ飛び込んできた。この世界における代表的統治者……すなわち、魔王に、警告を発するために。


 そこからさらに色々あって、バハムートの二人は魔王たる俺様と邂逅を果たした。以後、侵略者たる五色連盟を追い払うべく、クラスカ、イレーネの二人と魔族は、相互に協力しあうようになった……というわけだ。


(え、あの、ようするに、お二人は、我々とは敵対するお立場ってことですか?)


 アスピクの問いに、イレーネとクラスカは首を振った。


(違うわ。わたしたちだって龍人であることに変わりはない)

(我らは決して、きみたちが敵だとは考えていないよ)

(えっ……)


 アスピクは首をかしげ、根本的な疑問を呈した。


(でしたら、お二人は、そもそも、なぜ植民計画に反対なさってるんですか? この計画は、エーテル濃度が低下し、危険な状況にある我々の世界を救うためのものでしょう?)

(黒都では、すでに代替技術の研究が進んでいる。エーテルのかわりとなる人工空間物質……人工エーテルの生成実験に成功しているのだ。問題は、それを低コストで全世界に安定供給するための設備だな。現状ではそのための資金も資材もまったく足りていない。ゆえにわが黒都は、五色連盟最高会議の場において、異世界をどうこうする余裕があるなら、こっちに協力してくれ、と主張していたわけだ。……却下されてしまったが)


 クラスカの説明に、アスピクはひどく驚いた態で、ぐぉぉん……とか唸っている。

 俺もそのへんの話は聞いてる。その人工エーテルの生成研究に携わった技術者の一人が、他ならぬクラスカであることも。


 クラスカにしてみれば、自らの関与した夢のエネルギー技術をもってバハムート世界を救う、その一歩手前で足踏みさせられてるような状況にある。五色連盟、ことに主導権を握る赤都が異世界植民計画にご執心なせいで、クラスカたちの計画はいまや頓挫しかけている。

 ならば、どうするか。


 ――植民計画をご破算にするしかない。具体的には、現地勢力と協力してバハムートの戦力を叩き、撤退に追い込む。

 わざわざ膨大な費用と資材をつぎこみ、異世界へ侵攻したものの、そこで得る物とてなく、かえって高い代償を支払わされるとすれば――赤龍人とて、その程度の計算もできぬほど愚かではないはず。まず撤退を選ぶだろう。


(ゆえに、われらは、こちらの王に協力を要請したのだ。我々の世界を救うために。……きみたちと我々は、立場こそ違えど、結局、目的は同じなのだよ)


 クラスカは、しみじみと説明を締めくくった。

 聞き終えたアスピクは、なんとも複雑な面持ち……バハムートの表情はわかりにくいが、そうとしか表現しようのない顔つきで、すっかり沈黙し、じっと周囲を眺め渡している。


 コイツはコイツなりに、何か感じたところがあるようだ。

 このまま尋問を続けるより、一旦打ち切って、じっくり考える時間を与えたほうがいいかもしれんな。今後の態度次第で、コイツの待遇をどうするか、こちらも決めねばならんし。



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