786:囚われドラゴン
アスピク。
それが彼女の名前。
生まれも育ちも青都、生粋の青龍人。
地元の大学を出て、小さな研究所で助手として勤務していたが、世界大戦の勃発により、徴兵されて青都軍第82空間戦車隊に入営。たまたま学生時代に大型特殊車輌運転免許を取得していたため、空間戦車の操縦手となり、大戦中はおもに黒都――黒龍人軍との戦闘に参加。
戦況は熾烈を極め、最終的に、大戦に参加した四都すべてが壊滅した。
アスピクはかろうじて終戦まで生き残り、戦後もひき続き軍役についた。
やがて赤都――唯一、大戦に参加しなかった赤龍人国家の主導による新世界秩序、すなわち五色連盟が発足し、青都軍の一部戦力はこの連盟軍に編入された。アスピクの所属する第97空間戦車隊(以前の所属部隊は大戦中に壊滅)も、部隊ごと五色連盟に転籍している。アスピクは大戦生き残りの古参兵としての実績を買われて曹長に昇進、最新鋭空間戦車「フォルティック」の戦車長となった。
五色連盟による「異世界植民計画」の正式発動にともない、第97空間戦車隊にも出撃の指令が下る。アスピクは、バハムート世界の兵器工業技術の結晶たるフォルティックに搭乗して、遥かな次元断層を超え、戦友たちとともに、未知未開の異世界へと、はじめて足を踏み入れた――。
超兵器ハルバラスの後遺症によってエーテル濃度が低下していた自分たちの世界とは違い、この異世界は濃密なエーテルに満ちている。ここに同胞たちを植民移住させるという五色連盟の計画は、アスピク個人としても、これこそ同胞を救うための必然の最善手であろうとすら感じた。
五色連盟上層部の説明によれば――ここには、原住民として、いわゆる人型の知的生命体が住んでいるが、きわめて原始的な未開文明の種族であり、植民計画の妨げになるとは考えにくいという。
ただ、魔王を自称する統治者と、その配下の異形の怪物たち……すなわち魔族が、この世界の半分をほぼ掌握しているとの情報が、先遣隊の調査結果としてもたらされており、まずはこれを武力によって排除する必要がある――とのことだった。
第97空間戦車隊の五輌を含む各都混合先発隊、合計二百輌のフォルティックは、ついに出撃のときを迎えた。
戦車隊基地の南方にそびえる、原始的な石の城砦が、魔族の根拠地であるという。フォルティック二百輌、主砲ブレイクカノンの一斉砲撃をもって、これを跡形もなく吹っ飛ばし、魔族を残らず殲滅する。これがアスピクたちに下った作戦指令である。
そうして意気揚々、フォルティックに乗り込んで出撃したところ――。
やけに小さな飛行物体の一群が進路を遮っている様子が、センサーに引っかかった。
おそらく現地の野生生物であろう。排除して前進すべしと、部隊長から砲撃命令が下り、アスピクも戦車長として砲術手に砲撃を命じた。
数発撃ち込んでみたが、目標はおそろしく素早く、ロックオンしているにもかかわらず、主砲弾をすべて回避されてしまった。
そうこうするうち、いきなり車内温度が急低下し、動力炉が停止。
アスピク自身も、全身ほぼ真っ白に凍り付いてしまい、何が何やら、さっぱりわけがわからぬまま、意識を失った……。
「……で、気が付いたら、こんな檻に閉じ込められていた、と」
ここは魔王城外苑。そこに立ち並ぶ大型魔族専用の収監房のひとつ。
先日の対バハムート緒戦にて、アルバラたち上級アンデッド部隊が連れ帰った唯一の生存者の龍人が、捕虜としてここに収容されていた。生存者といっても全身凍傷で死ぬ一歩手前ぐらいの重傷だったが。
上級アンデッドどもは、いずれ強力な魔法の使い手でもあるが、治癒魔法なんてものは習得していない。そんなもん使ったら自分が大ダメージくらうし。アンデッドだからな。
で、とりあえず、ありったけの布で全身ぐるぐる巻きにして応急処置をほどこし、数人がかりで吊り下げて、ここまで運んできたんだとか。
ここに収監後、牢番のゴブリンどもやコボルドどもが面倒を見ることになり、膏薬を塗ったりガーゼを貼ったりと、型どおりの治療を施してたらしいが、意識は回復せず、どころか急激に容態が悪化したとの報告があり、やむなく俺が直接出向いて治癒魔法を叩きこみ、さっさと全快させてやった。一応、生かしておけば、なんらかの情報が得られるかもしれんしな。
捕虜の龍人は、雌のバハムートだった。全身青く輝くその鱗は、いわゆる青龍人の特徴。
回復した当初は、こちらの説明は聞いても、質問には答えず、やけにツンケンとして、容易に口を割りそうにもない態度だったのだが……。
そのうち黒龍クラスカと白龍イレーネが、連れ立って外苑へのっしのっしと歩いてきた。龍人の捕虜ってことで、一応、俺や魔族どもよりは龍人どうしのほうが話もしやすかろうと、呼んでおいたのだ。
(……え? ええ? あああーっ!)
イレーネの顔を見た途端、捕虜の青龍人は、いきなり素っ頓狂な念声をあげた。
(あなたは、まさかっ! イレーネ教授っ!? なんでこんなところに!?)
教授? イレーネが?
(……あら、ずいぶん久しぶりね、そう呼ばれるのは)
イレーネは、ちょっと懐かしげな調子を念声に込めて、檻の中の青龍人を眺めやった。
(もしかしてアナタ、ベスペレン大で私の講義を?)
イレーネの問いに青龍人捕虜は首をひゅんひゅんと上下させた。
(は、はいっ、受講生でした! わっ、わたし、イレーネ教授に憧れて、生物学を専攻したんです!)
……話を聞いてみると、イレーネはディーエ・アンド・ムエム社のラボに入る以前はフリーの生態学者として世界中を飛び回っており、ことにナーガの生態研究にかけては第一人者といわれていたとか。
それで一時期、青都の大学で客員教授をやっていたこともあるという。もちろん正規の教授ではないが、しばしば講壇に立ち、イレーネの講義はかなり人気があったとも。
一応、イレーネがナーガ専門の生態学者だというのは聞いてたし、それがこっちの世界に来るキッカケにもなったわけだが、よもやそれほど有名人とは。
おかげで、以後はとんとん拍子に尋問が進んだ。アスピクという名前や、大学卒業後の経緯などまで、イレーネの誘導で随分詳しく聞き出すことができたってわけだ。
近頃はあまり仕事してないイメージだったイレーネが、まさかこんな形で役に立ってくれるとはな。これも何かの縁、ってことかね。




