785:夢のステージを目指して
機神ロートゲッツェの再組み立てと改装は、外観まで含めて、ほぼ終了した。
あとは実際にパイロットであるフルルを乗せて試運転を行い、問題点などを洗い出し、さらに細かい調整を行わねばならない。夢の巨大ロボは、そう一朝一夕にはできるものではないようだ。
この大元の機体は、かのフィンブルの制作したヒヒイロアームだが、どうにも細部の仕事が雑で、ルザリクの街で一次改装を手がけたティアックいわく、ほとんど再設計レベルに手を加えているという。フィンブルは確かに天才だったが、そういうところに性格が滲み出てるよな。おかげで今回の第二次改装にも、余計に時間がかかってたわけだ。
だが、それもあとわずか――完成が楽しみだ。
……で、パイロットとして乗り込む予定のフルルは、現在どうしているかというと。
城内の空き部屋を改装して、新たに設けたレッスンスタジオ。ちょっと手狭な屋内運動場とでもいうか、床はフローリングで、壁には全身鏡を備え、黒龍クラスカの技術提供で製作されたポータブル録音再生プレイヤー、大型スピーカー、さらに簡易ステージなども設置されている。もはや中世風異世界ファンタジーな風情など微塵もない状況。魔王城の中だってのに。
フルルはここに篭もって連日、歌とダンスの稽古に余念が無いという。なぜかリネスと……ブランシーカーのアロア、レールも、一緒にレッスンしてたりするらしい。どういう組み合わせだ。新ユニットでも組むのか?
四人は今日もレッスンをやってるというので、ちょっと様子を見に行ってみたところ……。
「はい、そこで離れて、ターン決めて、ステップ右、左、……あ、ストップ! レールさん、そこの踏み込みはもっと軽めに――」
厳しいダンス指導が飛んでいる。誰と確かめるまでもない馴染みある声。
俺の同郷人にして、もと男装の美少女こと……アイツだ。いまは男装してないけど。
で、どんな曲を練習してるのか。やけに軽快でアップテンポで、楽しげな曲調ではある。
センターのフルルの歌声がスタジオ内に響き渡った。
ぎらぎら欲望たぎらせ
特売日を駆けてゆく
きみよフロアの風となって
トイレットペーパーを買い占めろ
進め進め今日の塩売りの女神は
きみだけに下着をチラつかせている
なんだ塩売りの女神って……。道の駅のカリスマ店員とかにそういう人いそう。まさか勝利と打とうとしてタイプミスったとかいうオチじゃあるまいな? あとトイレットペーパー買い占めはいかんぞ。石油ショックじゃあるまいし。
響くシグナルは非常のサイン
ノーラッドに電流走るー
確認したい、これは演習か?
ジスイズノットエクササイズ!
うなれ開けホットランチ
燃えあがれ固形燃料ロケットミサイル
行くはカザンかキーロフか
ストラトフォートレスも遅れるなー
なんか第三次世界大戦はじまってるよ! なにげにカザンやキーロフが標的に! ホットランチ式ミサイル発射台ってまだあったっけ? B-52はまだ現役らしいが。
おい作詞担当、なんか色々まずい気するんだがいいのかこれ。
元ネタは歌じゃないからセーフ? ああそう。もう好きにして。
さて。
なんでアイツがトレーナーなんかやってるのか疑問だったが、実際の指導ぶりはなぜか手馴れてるというか堂に入ったものだった。
フルルたちも素直に指示に従っていて、明らかに以前よりダンスのキレが増している。
リネス、レール、アロアたちも、まったく危なげなく追随していて、ステージ上でかなりの一体感が出せている。まだまだ素人くささは抜けてない……とか感じないでもないが。別にフルル以外はプロでもないし、そこまで拘るもんでもないな。
やがてアイツが休憩を指示し、全員ステージから降りてきた。ステージ上にいたフルルたちは、とうに俺がスタジオにいることにも気付いてたが、アイツはまったく俺の存在に気付いてなかったらしい。
「なんだよもうー、来てたんなら、声ぐらいかけろよ」
「いや、ずいぶん熱心にやってるし、邪魔しちゃ悪いと思ったんだがな。……で。なんでトレーナーやってんだ、おまえ」
と聞くと、アイツいわく。
「最初はフルルさん一人でお稽古してて、面白そうだから見せてもらってたのさ。で、しばらく黙って眺めてたんだけど、どうもね……」
フルルは歌唱力において唯一無二の天才。だがダンスについては、さほどでもないと感じたという。
思えば、この世界にアイドルダンスなんてものは元々存在してないし、フルルもなんとなくノリで振り付けを考えてるだけだった。ルザリクでフルルのプロデュースを務めたルミエルにしたって、とくに歌やダンスを指導していたわけではない。そもそもルミエルにそんな技術も知識もない。売り込みとマネジメントにかけては天才を通り越して天災レベルだったが。
一方、アイツは。
「俺、そこそこアイドル好きだったからさ。おまえとも一緒に、時々ライブ観にいってたじゃん。ほら、リュウグウノツカイ小町とかユピテルとか」
少女アイドルグループなのに、なんでそんな深海魚みたいな名前なのか。あと、後者は男性アイドルグループだ……。
実際、俺も人並みくらいにはアイドル好きで、中学高校と、アイツとの付き合いもあって、何度か、とあるアイドルのライブに行っている。サイリウムの使い方なんかもその時期に覚えたものだ。
なるほど、俺らの世界のアイドルを見慣れたアイツの目からすれば、フルルのダンスはいかにも物足りなく映ったと。
「それに俺、家じゃ日舞やってたからな。そういう指導のほうもできるんだよ」
日本舞踊だと……茶道華道とともに名家のお嬢様の履修必須といわれる、あの。
……ってアイツは日本有数レベルの名家のお嬢様だったわ。そのせいで男装させられてたんだし。そりゃその程度のお稽古事も普通にやってておかしくない。
で、そんなアイツが、見かねてフルルの指導役に名乗り出た、と。
「それにさ、この城に来てから、急に暇になっちゃったしな。仕事ってわけじゃないけど、少しでも誰かの役に立てるならって思ったのさ」
暇になったのは、そりゃ領主の仕事も責務も全部放り出して、強引に俺について来たからだろーが……。
ともあれ、ここで自分のやるべきことを見出せたというなら何よりだ。フルルもなんだか充実してるようだし。
「ねーアーク、ボクのダンス、どうだった? フルルさんに誘ってもらったんだ、一緒に踊ろって。そんで、いま頑張って練習してるんだけど……アイズ先生って、厳しいんだよねー」
「わたしも頑張ってますよ! 実はリネスちゃんの付き添いなんですけどね。でもけっこう楽しいです」
「あたしはそのアロアの付き添いです。正直しんどい……でもアロアがやるというなら、やるしかないですから」
リネス、アロア、レールの三人が、それぞれ事情を述べる。フルルがリネスを誘い、ブランシーカーの二人もくっ付いてきた。で、アイツがまとめて面倒見てるってわけだ。
「大丈夫、みんな才能あるから! 四人ユニットのお披露目まで、あともう少しってとこかな」
そう言ってアイツは楽しげに笑った。
え? マジでこの四人で新ユニット組むの?




