779:そして事態は動きだす
俺が魔王城に帰還してから、五日ほどが過ぎた。
この間、ブランシーカーの面子など、新たに城内へ迎えた連中と、もともと城に残留していたチーら魔族たちは、当初こそ互いに混乱もあり、色々と揉め事などもあったものの、馴染むのも早かった。
初対面で最もソリが合わなかった組み合わせといえば、ちび妖精のブランと、大精霊ツァバトだろうか。理由はよくわからんが、お互い、顔を合わせた瞬間から、いきなり罵倒合戦を始めるほど相性が悪かった。
「我はBLに女を割り込ませるのが好きなのだ! ニッチではあるが確実に需要のあるジャンルであろう!」
「そんなの、上等なお好み焼きにガムシロップをブチまけるようなものじゃない! 絶対ありえないわ!」
……うん。よくわからんが。なんか、そういうことらしい。お好み焼きにガムシロップはそりゃないわ。
そんな二人も、三、四日も経つ頃には、なにやら妥協点でも見つけたか、すっかり意気投合の態で語り合うようになっていた。
「え、じゃあ、アークのアレって、そんなに」
「そうとも。それはもう逞しく、ビクンビクンと脈打っておってな」
「ビクンビクン……!」
「黒光りするその立派なアレを間近で見たときは、それはもう我も……」
「く、黒光り……! おおっ……」
なんの話をしてんだよオマエら!
いやたぶん、少し前、俺の精神世界の中で見た、俺の霊基のことだと思うが……。あのとき、太い柱状にそそり立つ俺の霊基を前に、どういうわけか、ツァバトはやけに興奮していたな。理由はさっぱりわからんが。
ともあれ、俺をダシに共通の話題を見出し、仲良くなった……ということらしい。
他の連中も、だいたい似たような感じで、ああだこうだと言い合いながら、魔王城内を闊歩するようになっている。
もちろん、皆、ただ遊んでいるわけではない。
バハムートの軍勢への監視偵察、各種の情報収集、最新の空間戦車に対抗しうる新兵器の整備開発、魔族とエルフの魔法術式の組み合わせによる新たな結界の開発など、対バハムート戦への備えは急速に進んでいた。
ブランシーカーの面子からも、そういう方面の技術に詳しい連中が、すすんで協力を申し出てくれたりしている。
「本来、アタシらはどっちの味方ってわけでもないけどさ。でもこの場合、どう見てもバハムートのほうが悪い奴らで、アンタらは、この世界を守る側。なら、どっちの肩を持つかなんて、考えるまでもないでしょ」
精霊ブランも、そう宣言して、俺たちへの全面協力を約した。
実に頼もしくはあるが、ただそれ、俺の太ももにしがみついて、くんかくんか匂いを嗅いでアヘ顔になりながら言う台詞ではないと思う。だからなぜ嗅ぐ。
意外だったのは、レールとアロアの主人公コンビで、彼ら自身はこれという特別な能力はないが、ブランシーカーの乗員たちからは、なぜかほとんど信仰に近いレベルで絶大な好意と敬慕を寄せられている。
勇者や魔王クラスの実力を持つSSRキャラでさえ、この二人に「お願い」されれば、断るどころか、喜んで命すら差し出しかねない連中ばかりだ。
レールとアロアは、そんな強力なSSRキャラたちを魔王城の外殻部に配置し、それぞれの能力や属性に応じてパーティーを編成し、巧みに役割と分担領域をパーティーごとに振り分け、完璧に近い早期警戒網を築き上げてしまった。まるで熟練のソシャゲプレイヤーのような手際……というかレールは実際そういう存在だっけ。主人公だし。
唯一、問題となってるのは、例の機神ロートゲッツェについて。どうにも状況は捗々しくない。
いや、本来の役割である、フルルを乗せて飛び回りながらライブをする……という基本システム部分に関しては、すでにほぼ完成しており、とくに何も問題はない。ポーズや仕草に柔軟性をもたせるための関節系の改装なども順調だ。
その一方、我が魔王城技術陣の面々は、胸部装甲の大きさとか、頭髪にあたる部分を、現在の自動制御マニピュレーター方式から、いっそ本物の髪の毛っぽい特大ウィッグを被せる方式に変更すべきだとか、三段変形させるべきだとか、分離合体機能をつけようとか、そういうところでずっと揉めている。
三段変形だの合体だの、いったいロートゲッツェに何をさせる気だ。おかげで、まだ完成にはしばらくかかりそうだな。
それからさらに三日ほどが経ち――。
異変は、レールとアロアが設置した早期警戒網からの急報という形で訪れた。
「北方の気温上昇とともに、空間戦車の大軍が動き出した。いよいよ本格的に南下を開始する構えと見えるな」
こう第一報をレールのもとへもたらしたのは、ブランシーカーの乗員で、なんか面倒くさげな肩書きを持つキャラだった。
(SSR)追放者ベルノン
職業:八界を統べし魔神
種族:神霊(人化擬態)
性別:男性
戦闘力:22000
二身合体:可
備考:もとは地方の冴えない低レベル冒険者であったが、「真の仲間ではない」という理由でパーティーを追放された後、色々と覚醒して本来の記憶と能力を取り戻した青年。その後も、もとのパーティーとはとくに関わりを持たず、出会った獣人娘とイチャイチャしたりダンジョン制覇したりしていたが、いつの間にか元所属パーティーの方は没落壊滅し、全員死亡していた。実はもともと有能だったベルノンを、そうと知らず追放したことで戦力が大幅に低下していたのが原因。ただ、ベルノン自身はその事実を知らないまま。
魔神で神霊とか大層な出自の割に、バックストーリーは、やけにせせこましい……。
それはともかく、そいつの「万里を見通す魔神眼」とやらいう凄いスキルで北方を監視させたところ、そういう状況が見えたらしい。
レールは、すぐさま俺のところに連絡を送ってきた。流行の5Gスマホで。そんなもんこっちの世界に持ち込むなよ!
しかもこっちの例の腕時計型端末、いわゆる陛下トレーサーに、直接電話がかかってきた。どうもこれ、俺の知らぬ間にファームウェアがアップデートされ、ウェアラブル端末としての機能が追加されていたらしい……。技術の進歩、著しいにもほどがあるな。
魔王城謁見室、すなわち玉座の間にて――俺は、レールの一報を受け取ると、真新しい玉座に足を組んで、前に跪くスーさんへ、事のあらましを告げた。
「……では、いかがなさいますか。陛下」
恭しく訊いてくるスーさん。今は着ぐるみではなく本来の骸骨姿だ。
「決まっている」
俺は、薄笑いを浮かべつつ、スーさんの後ろに列をなして拝跪する二十人ほどの集団へ目を向けた。
全員、スーさん配下の高位魔族たちで、あちこちの部署で幹部級を務めている連中だ。ほとんどがヴァンパイアやサキュバスなど上級アンデッドの最上位クラスを占める、魔族の中でも精鋭といっていい実力者たち。
「まずは貴様らに出てもらう。結界外で、敵の先鋒の相手をしてやれ。新兵器のテストも兼ねてな。せいぜい派手に暴れてこい」
俺はおごそかに告げた。
――ここに、バハムートとの戦い、その火蓋は切って落とされた。




