776:次空放浪の真実
龍人は滅び、その生き残りから、進化か退化かわからないが人類種というものが生じて、これが地上の新たな支配者となった。
一方、ハルバラスの直撃を受けた天使側も、その勢力を半減させたが、滅びるまでには至らなかった。彼らの居住地たる浮遊大陸は、依然として天空にあり、悠々と地上を見下ろしていた。
とはいえ、被害は大きく、痛手であったことは間違いない。天使たちの多くは、再び同じ轍を踏むことのないよう、その技術力にものをいわせて自己改造を施し、さらなる力を追い求めた。結果として、いわゆる大天使や最上級天使といわれる強力な個体群が大量出現したのが、この時期である。
彼らは、地上に現れ、爆発的に増殖中の新たな知的生命――人類を、天使側の支配下に置き、管理することを目論んだ。あれを放置しておいたら、またいつハルバラスのようなヤケクソ超兵器を生み出して、この世界の脅威となるか知れたものではない。そうならぬよう、文明レベルの進行を抑制し、無知な獣として適切に飼育すべき――との考えだった。
「龍人が滅びて、その後継者の人類もまだまだ弱体。一方で、天使が強くなりすぎちゃった。こりゃ、ぼちぼち、どっかでバランス取らないとマズいかなー、って思ったんだよね」
ブランは、苦笑しつつ、そう述懐した。
実のところ、ディーエ・アンド・ムエム社の開発室からのモニタリングは、すでに打ち切られていた。龍人がハルバラスを炸裂させた時点で「世界滅亡」という判定になり、それまでのデータを取りまとめた上で観察用モニターを解除、下位次元世界構築プロジェクト自体も円満終了ということになっていたのだ。管理AIたるブランも、創造主からの様々な干渉が消え去ると同時に、あらゆる制約から解放され、およそ、そのへんの状況は察していた。
なお、当然だが下位世界と上位のバハムート世界とでは時間の速度がまったく異なる。下位世界での一年は、バハムート世界ではせいぜい十数秒ぐらいだとか。
ブランとしては、もはや上位世界から与えられた使命や役割などとは関わりなく、せっかく存続している世界を、このまま滅びるに任せるのは惜しいと考えていた。数万年も見守ってきたからには、それなりに愛着も湧くというものだろう。
「創造主に見捨てられた世界ではあっても、確かにあそこは、アタシの世界だからね」
ゆえに、ブランは自ら世界に干渉することに決めた。増殖中とはいえまだまだ劣勢だった人類側に、龍人の遺産たる古代技術を惜しげもなく開示し、超技術を誇る天使側に対抗しうるだけの力を授けた。
ほどなく、かろうじて世界は均衡を取り戻し、両勢力が睨みあいつつも共存する状態が一万年ほど続くようになった。ここへ至り、ほとんどの力を使い果たしていたブランは、自前の陸上巡航船ブランシーカーとともに、辺境の地で一時の眠りについた……。
「でさぁ、アタシがぐっすり寝てる間に、覇天大戦なんてのが起こってたワケよ。ホント、油断もスキもないっていうかさー……」
人類と天使の全面戦争は、よりによってブランの休眠中に勃発した。浮遊大陸は地に墜ち、地上にも壊滅的な被害が出た。
それでも、かろうじて両勢力とも生き残り、ギリギリのところで和解が成立した。
互いに人口は激減し、文明レベルは大幅に後退した。激しい争いの爪痕は、現在もなお世界各地に生々しく刻まれている。
戦後、たまたま出会った辺境の少年(少女)レール、大天使の少女アロアが、天使軍の自律機動兵器だったボルガードを発見し、さらにそのボルガードのメモリーから、地下に眠る謎の「白き船」ブランシーカーを発掘。
そのブランは、レールらに無理矢理に叩き起こされることになり、当時は大変不機嫌だったそうだが……周囲の状況を確認して、激しく吃驚した。そりゃそうだろう。
自分が寝てる間に、とんでもない戦争が起こり、世界がボロボロに変貌していたとあっては。
管理者として、こんな状況を放置してはおけない。
ブランは、レールとアロアを引き連れ、世界復興のために再び自ら動くことを決断した。最果ての地アルマナに設置された管理者用コンソールから、現在もデータ引き継ぎのため稼働中らしいディーエ・アンド・ムエム社の予備サーバーにアクセスし、未実装シナリオを含むバックアップデータを用いて強制アップデートを試みる――。
うまくいくかどうかは未知数だが、成功すれば、後退から衰退へと向かいつつある世界へ、再び繁栄をもたらすことも不可能ではない。
そうして、長きに渡る救世の旅が、ここから始まった……。
「……ってつもりで、はりきって出発したんだけどねえ。なんかもう、次元歪曲砲で無理矢理にでも上位世界の扉をこじ開けて、そこに飛び込んで、外部からアタシの世界にアクセスして色々イジったほうが早くね? って思っちゃったんよねー、あっはっは」
あっはっはじゃねえよ。
するとアレか。
「俺らと別れたあと、次元歪曲砲をぶっ放しまくって次空の放浪者をやってたのは、上位世界たるバハムート世界にどうにか乗り込むのが本当の目的で、BLだの天使の薄い本だのエピマだのは、乗員向けの単なる口実だったってことか?」
「いや、それはそれでガチなんだけどね。やっぱBL本作ったら、どっかで出展したいじゃない?」
ガチかよ! この腐れ妖精め。
「え、BL? それ、あたしも詳しく聞きたい!」
横からイレーネが興味津々の態で口を挟む。オマエもかよ! どいつもこいつも!




