775:史上最大のソーシャルゲーム
ディーエ・アンド・ムエム社渾身の「本物の異世界ダイブMMORPG」こと「反撃のバハムート」は、バハムート世界に大反響を巻き起こしたが、短期間でサービスを終了している。
「もともと、下位次元への干渉実験がメインだったからね。それをゲームの形にしたのは、一人でも多くのモニターを騙……いえ、協力させて、下位次元でのより多くのデータを取得するためよ」
ようするに、このゲームに参加したプレイヤーは、人体実験の披検体のようなもんだったと。
しかも、わざわざカネ払ってアバターや武器やサポートキャラ等の有料ガチャに課金してまで、自発的にこの壮大な実験に協力してたことになるな……。
「ゲームの売り上げ自体は好調……むしろ、とんでもない金額を稼ぎ出してたらしいわ。とある人気サポートキャラの別装備ガチャを実装した瞬間にメインサーバーが落ちたなんて話もあったし」
ガチャ実装と同時に鯖落ちかよ! どんなキャラだか知らんが、とんでもねえな。
「純真爛漫な幼い妹系の巨乳キャラだったらしいわ」
いやバハムートに巨乳とかあんの!? 俺の感覚からすると、鱗の色以外はまったく見分けつかねえんだけどバハムートの外見って。これも種族の違いによるギャップということなのか。
……幼い妹で巨乳ってどういうことだ。字面がヤベエ。しかもそれで鯖落ち。バハムート世界のゲーマーも大概よな。
普通のネットゲームなら、サービス終了後はサーバーと外部回線との接続を切断し、あとは必要なデータを取り出すなりして、サーバーを停止させれば、それで事後作業は終わり。サーバーについては別の用途に使い回すか、あるいはレンタル元に返却して新しいのを入れる、とかいうことになる。
実際、「反撃のバハムート」も、サービス終了後、運営チームが回線を切って、すべての内部データを回収し、メインサーバーをスリープさせた。開発・運営側の主観としては、それで事後の処理は済んだという認識。
だが――このゲームに限っていえば、サーバーは仲介役でしかなく、ゲームの「本体」は、回線の彼方で、なお稼働し続けていた。
バハムートたちが開拓した下位次元のデジタルゲーム空間は、サービスが終わっても、消えたりはしない。たんに上位次元からの干渉が無くなり、プレイヤーたる龍人アバターたちが一斉に活動を停止した、というだけのことだったのだ。
そもそも、実験はここからが本番だった。
世界の基盤というべき部分はすでに構築を終えている。あちらの世界における知的生命体として、龍人アバターと天使NPCは配置済み。龍人アバターもすべてNPC扱いとし、自律的に動き回るように仕様を書き換えている。
そのうえで開発側は、メインとは別の実験モニター用のサーバーから、あらかじめOSに組み込んでおいた自律成長型AI「白羽」に管理者権限を付与して下位次元世界へ送り込み、それを最後の干渉として、あとはひたすらモニターに徹するという「観察フェイズ」に移行した。
本物の異次元空間に構築した人工デジタル世界が、そこからどのように発展を遂げるか。遂げないのか。発展するとして、それは最終的にどのような形になってゆくのか。あるいは衰退・滅亡するとして、そこへ至るまで、どのような経緯を辿るのか。それを外部からじっくり観察、記録し、今後の「本開発」に活かしてゆく――という趣旨である。
いわゆる、実験室のフラスコの中ってやつだな。
「……わたしが知ってるのはここまでね。観察フェイズに入って以降のことは、社内でも公表されてなかったから」
「じゃあ、アタシが説明したげるわ!」
と、管理AI「白羽」ことブラン当人が、ぐぐっと胸を張って、偉そうに説明を引き継いだ。ブランには無いけどな。胸。
「龍人と天使は、ディーエとムエムの干渉が無くなっても、まだしばらくは争い続けてたのよ。アタシはどっちの味方でもないし、世界の均衡さえ保たれてればそれでいいから、高みの見物を決め込んでたんだけどね。でもそれから五万年後ぐらいに、劇的な変化が起こったのよ。……おもに、龍人の側でね」
五万年とはまた、とんでもない年月だ。もっとも、こっちの世界の大精霊たちだって、ウン十億年も世界を見守ってきたわけだし、管理者ってのはそういうもんなのかね。
長きに渡る戦乱の過程で、天使と龍人の両勢力は、それぞれに独自の兵器技術を進歩させていった。ことに龍人は、大気中の魔素を消費して殺傷力に変換する技術を発展させ、そしてとうとう――天使を滅ぼすべく、禁断のボタンへ手をかけてしまった。
すなわち、最終兵器「ハルバラス」を、天使の住まう浮遊大陸へと撃ち込んだのだ。
ハルバラスは、もとのバハムート世界でも開発されていた超兵器。途方も無い破壊力と引き換えに、大気中のエーテルを一気に大量消費する。バハムートにとってのエーテルは、人類の酸素に等しい。ハルバラスを三発使えば世界が滅びるといわれる、物騒きわまる諸刃の剣だ。
ゲーム世界で龍人たちが作り出したのも、まったく同じものだった。
それを炸裂させてしまったことで――天使の軍勢は半減したが、龍人たちも絶滅寸前に陥ってしまった。
大気中の魔素、ようはエーテルが失われたことで、ほとんどの龍人は死に絶え、ごく一部の生き残りたちも、本来の姿を保てなくなった。
わずかな生き残りの龍人たちは、総力を結集して、燃費の悪い肉体構造を根本から見直し、肉体の維持に魔素を必要としない、新たな種族へと、自らを改造せざるをえなくなった。
「それが、レールたち、現在の人類の祖先になったってわけよ」
ブランは淡々と語った。
つまり龍人は人類へと進化……いや退化か? を果たしたと。原種としての龍人はとっくに滅んでいて、それも完全な自業自得らしい。
最終兵器のボタン押す前に、ちょっとこれヤバくね? とか気付かんものかね。間抜けな話だ。
もっとも、俺の故郷たる現代世界でも、そういう事態に陥る可能性は十分あるようだが……。




