770:異世界の少数民族
どうにかマルティナの収容は済ませた。
たとえ幻想界の女神だろうとなんだろうと、その圧縮空間に囚われて自力で抜け出せるドラゴンはいない。アズサですら不可能だからな。
俺はドラゴキャプチャーを抱えて、リネスたちの待つ地上へと、静かに舞い降りた。
内部では、さっそく無数のデジタル触手的なうねうねする何かがマルティナの全身にがっちり絡み付いたようだ。
マルティナの悲鳴とも嬌声ともつかぬ声が、中から漏れ聴こえてくる。
(んんん、な、なんじゃ、これは……ちょ、あああっ、や、やめてたもれ、そんな、そんなとこを、あああッ! ご、後生じゃ、それだけはッ……あひっ、ああああー!)
後生って今日日きかねえな……。
(はふー……んん、やっぱイイなぁ、これ……あぁ、そこそこ、ちょうどイイ感じ……)
アズサはもうなんというか、すっかり慣れちまってるな……。温泉宿でマッサージ頼んだおっさんみたいになってる。
「見てましたよ! すっごいですねー!そんな小さい箱に大きなドラゴンが二体も、すっぽり入っちゃうなんて!」
レールがちょっと興奮気味に感想を述べた。
「でも、そんなところに入って、マルティナさんは無事なんですか?」
「そこは心配無用だ。ところで、マルティナの繁殖期ってのは、どれくらい続くんだ?」
「そう長くはないわよ」
と、俺の質問に答えたのは、いつの間にか気絶から回復していたちび妖精のブラン。
「せいぜい半月ってとこね。それを過ぎたら、元通りの穏やかな性格に戻るわ」
半月か。
ドラゴキャプチャー内部の謎空間は、アズサ曰く、腹も減らず、常に快適だという。ならば当面、このまま隔離しといても問題なかろう。
ただ、アズサだけは後で引っ張り出してやらんとな。舎弟のヴリトラどもやトカゲ竜どもの面倒を見てもらわんといかんし。
ともあれ、この件はこれで落着ってことで。人騒がせなボケドラゴンもあったものだ。
ドラゴキャプチャーはそのまま前庭の一角、ブランシーカーの舷側脇に鎮座させ、厳重にロックを掛けておいた。
いつの間にか、舎弟どもやトカゲ竜どもが、わらわらとこの場へ集まってきていた。ブランシーカーが珍しいんだろう。
一応、トカゲ竜どもには、勝手にドラゴキャプチャーのロックを解除しないよう、くれぐれも言い聞かせた。以前こいつらはそれをやってアズサを外に出したりしてたからな。
だがもし、今回、これを開ければ――恐ろしい発情ドラゴンが、再び空へ解き放たれてしまう――。
トカゲ竜どもは、心底怯えたように、俺の言いつけに素直にコクコクうなずいていた。たぶん、さっき舎弟が散々追い回されてる様子、こいつらも見てたんだろうな。
一方アロアは、いきなり集まってきたトカゲ竜どもの外見の愛らしさに、すっかり見入ってしまっている。「ふはぁー……」とか「ほへぇー……」とか感嘆の息をついて、なぜかリネスをがっちりハグして、撫で撫でしている。リネスもご満悦という顔で、アロアと一緒にトカゲ竜どもを観賞している。ホント仲いいなこいつら。
トカゲ竜どもに見送られつつ、俺はリネスとレールたち一行を引き連れて前庭を離れ、スーさんが回してくれた迎えの四頭立て大型馬車に乗って、再び王宮へと向かった。ここから王宮まで、徒歩だとかなり距離があるからな。
「わー、これ、車を引いてるのって、牛じゃないんだね。なんて生き物なの?」
車に乗るなり、いきなり、レールが真顔で聞いてきた。
「馬だが」
「馬?」
「……見たことないのか?」
と、俺が訊くと、レールだけでなく、アロアやちび妖精まで、こっくりとうなずいた。
「あたしたちの世界にはいない生き物だよね」
え、あのゲーム世界には、馬って存在しないのか。
「でも、あの尻尾とか、お耳とか、なんか見覚えはあるような」
と小首をかしげつつ呟いたのはアロア。
「ああ、似てるわね。あの娘たちに」
ちび妖精がうなずいた。
あの娘たち?
「あたしたちの世界にいる、少数民族でね」
ほうほう。少数民族……。
「あんな四本足の生き物じゃなくて、外見はほぼ人間なんだけど、すっごく足が速くてね」
人間そっくりで、すごく足が速い……。
「それで、そこの馬とかいう生き物と、耳と尻尾だけはそっくりなのよね」
二本足で、耳と尻尾が馬似で、足が速い……。
「その子たちは、こう呼ばれてるわ。ウマむ――」
「それ以上は言わんでいい」
俺は慌ててちび妖精の言を遮った。
なるほど、あのゲーム世界には、馬はいなかったと。
かわりに、異世界の輝ける名と魂を継いだ例のアレが走っていた……というわけか。
さすがはゲーム世界、なんでもアリだな。やっぱりレースとか開催してるんだろうか。大食らいの葦毛の怪物とかいたりするのか。
……などとアホな話をしてる間に、馬車はもう王宮の大門をくぐり抜けていた。
ウマむ……じゃない、馬の話で思い出した。
俺の愛馬こと八本足の魔獣スレイプニルは、今回ルザリクの厩舎に置いてきたんだったな。あの謎の怪馬、黒井馬夫とは今も仲睦まじいようだし、邪魔しちゃ悪いと思ったんだが、なんとなく、また顔を見たくなった。
後でちょっと様子を見に行ってみるかね。




