768:エルフ式デッドコピー
メルの声は、庭に面したリビングから漏れ聴こえていた。
以前、俺と女忍者二人の応接に使った部屋だな。
その居場所さえ判明すれば、わざわざ正面からドアを叩く必要はない。こっちはさっさとドラゴキャプチャーを回収できれば、それで問題ないし。
というわけで、瞬間移動で直接、リビングへ飛んだ。
「ふふふふ、まさか、コアシリンダー内のレゾナンスチャンバーに魔素を送りこみつつプラズマ圧縮による実数空間の歪曲分離を行いシリンダー周辺に擬似空間座標を創出しておるとは。ならば、この基幹部分にラプラス変換理論を応用して効果範囲を変数によるアブソリュート――」
転移した先では、金髪ツインテールの半裸少女が床にうずくまり、なにやら図面を睨みながら、興奮気味に意味不明な単語を並べたてて、ひとり悶えていた。何を言ってるのかサッパリわからん。これだから技術屋ってのは。あと、なんでパンツ一丁。隠れ家だからって格好ラフすぎだ。
でもって……メルの周囲に、無造作に散らばる、謎の金属パーツの山。
「よしよし、あとは図面を引きなおして、プロトタイプの制作に取り掛かるとしようかの――」
「おい」
「ああ、じゃが制作の前にモックアップを組んでおいたほうがよいかの」
「おいこら」
「あとは、それをもとに中枢部分の形状を――」
「おい、そこの八百歳」
「なにぃ? 妾はまだ、ぴっちぴちの――……」
俺の呼びかけにようやく応じて、メルは、がばと顔をあげた。
正面に立つ俺と、目が合う。
「……あ」
あ、じゃねえよ。鳩がガイエスハーケン食らったような顔しやがって。いやそんな宇宙要塞の硬X線ビーム砲なんて食らった日にゃ鳩は跡形もあるまいが。
「な、なななんで、勇者どのがここにおるのじゃ!? 北へ向かって出発したのであろう!? まさか分身の術!? ニンジャナンデー!?」
アイエエー。ニンジャナイデス。
「落ち着け。分身じゃなく本物だ」
「にゃんと!?」
わんだふる。
「……で、誰がぴっちぴちだと? 冗談は胸のサイズぐらいにしとけよメルザース」
「よ、よいではないか、無い乳にもきちんと需要はあるのじゃぞ。……それで、マジに、なんで勇者どのがここにおるのじゃ? つい、びっくりしすぎて寿命が延びたぞ」
延びるんかい。普通は縮むよなそこ。
「おまえがドラゴキャプチャーを勝手に持っていったと聞いてな。急いで回収しにきたんだが。瞬間移動で」
「なぬ、瞬間移動じゃと? そんな便利なものが……」
「そこらへんの説明はあとだ。ドラゴキャプチャーはどうした」
「あー……それは……」
メルは、ちょっと間が悪そうな面持ちを浮かべ――。
自分の周囲に散らばり、積み上げられた金属パーツの大群を眺めおろし、ぽそっと呟いた。
「これじゃ」
「……なんですと」
まさか、分解しやがったのか? ドラゴキャプチャーを?
こんな原型もわからんほど、徹底的にバラッバラに!?
一体なにしてくれてんのこのアンリミテッドロリババアは。
メルの言い訳することにゃ――。
もともとメルは、俺がしばしルザリクを不在にしていた時期、市庁舎の中庭に鎮座していたドラゴキャプチャーに興味を持ち、色々調べていたのだという。
ただその時点では、中にアズサがいて使用中だったため、あくまで外側からの調査にとどめていたらしい。
ドラゴキャプチャーは、大きさ一メートルほどの立方体で、形状は電気炊飯器に似ているが、その内部にはバハムート独自の空間歪曲圧縮技術により、外見の何百倍という広大な暗黒擬似空間が展開されている。
さらに特殊なAIを内蔵した触手状の拘束具により、空間に放り込まれたナーガやヴリトラを捕捉し、がっちり絡め取る。
メルがことのほか興味を持ったのは、その空間歪曲圧縮技術だった。触手のほうは割とどうでもよかったらしいが。
「ようするにじゃな、この妙なキカイの仕組みを解明し、その技術を流……応用することで、画期的な新武装を作り出せると思うたのじゃ」
いま流用って言いかけたなコイツ……。
これまでエルフは、様々な外部技術を取り込み、独自解釈を加えつつデッドコピーを作り出してきた歴史を持つ。オリハルコンを模倣したヒヒイロカネなんてその代表格だろう。気象兵器たる火風青雲扇のコア部分も、完全物質のデッドコピーだし。
メルは、ドラゴキャプチャーから新たなデッドコピー品を製作すべく、まずオリジナルを分解して構造を調べてたってわけだ。
「ああ、すでに全部調べ終っておるから、必要ならば、すぐ再組み立てしてやるぞ」
「むろん、今すぐ必要だ。どれぐらいかかる?」
「三分ほど待つがよい」
え、三分で済むのか。ネジ一本まで余さず完璧にバラバラになっちまってんのに。
と見る間に、メルはドライバーっぽい道具一本を右手に握り締め、ガチャガチャと慌しい音を響かせながら、周囲のパーツをかき集めて組み立て始めた。
とんでもない手際の良さ。あっという間にドラゴキャプチャーが元の姿へと組みあがってゆく。あまりに早すぎて手許が見えない。なんだこのロリババア、伝説の天才マイスターか何かか。
「……ふう。こんなものじゃな」
時間にして二分三十秒ほどで、ドラゴキャプチャーの再組み上げは完了してしまった。余ったパーツなども見当たらないし、少なくとも見ためは以前とまったく同じだ。
「たいした手際だが……ちゃんと動くんだろうな、これ?」
「心配はいらぬぞ。まったく元通りにしておいたからの。だがむしろ、動力伝達や圧縮効率など、いくつか細かい欠陥を抱えておるようでな。もう少し時間があれば、そのへんも改善してやれたんじゃが」
この短時間でそんなことまで判明したのか。
もともと凄い技術者・発明家だとは聞いていたが、まさかこれほどの手並みとは。
……こいつ、うちの城に連れて帰っちゃダメなのかな? ロートゲッツェの最終調整とか手伝ってくれたら、すっごく捗りそうなんだが……勝手に連れてったら、森ちゃんに怒られそうだ。ダメか。
「さ、それは持ってゆくがよい。……それと」
メルは、ふと表情をあらため、俺を見つめた。
「ハネちゃんに伝えておくがよい。そのキカイから得た技術をもとに、これから新しい武器を作ってやるゆえ、楽しみに待っておるように、とな」
ん? ハネリンに伝言?
……あ、そういや以前、ハネリンがメルにそういうおねだりをしてたんだったな。なんか凄い専用武器を作ってくれ、とか。
それに応えるために、ドラゴキャプチャーの技術をコピーしてたってわけか。
ドラゴキャプチャーの技術をもとに、いったいどんな武器を作る気だ。
まるで想像がつかんが、何やらとんでもないものが出来上がってきそうな予感がする……。




