表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
766/856

765:追う竜、逃げる竜


 機関室から通路を抜けて甲板へ戻ると、例のアルカンシエルの世話役、オレインが駆け寄ってきた。どうにか荷物の再整理は終ったようだな。


「お客さん、どうでしたか? あの人の様子は」

「もう心配ない。元の状態に戻ってるぞ」


 いや正確には、まったく以前の通りというわけでもないがな。

 正気を取り戻しているし、俺の魔力を吸ったことで、全般的に能力が向上している。


 もっとも、当人はその能力を活かすつもりはなく、当面これまで通り、ブランシーカーの魔力タンクを続けるつもりのようだ。

 ようするに、過去も浮世もどうでもよく、あそこで男漁りをしていたいと……。もう完全に堕落しきっとるな。


「ほ、ほんとですか! よかったぁ……!」


 オレインは心底ホッとしたように笑った。


「そういや、おまえら、いったいどういう関係なんだ」


 ふと、気になったので、そんな質問を投げかけてみた。

 最上級大天使の美女と、それを世話する人間の少年。しかも大天使のほうは常時、男どもをくわえこみ、少年はまるで達観したように、そういうものだと受け止めて、彼女を見守っている。


 本当にどんな関係だ、いったい。


「いやその……実はですね。ボク、あの人に代々仕えてきた家系の子孫でして」


 アルカンシエルは数千年の時を生きる大天使。その間、気紛れで人間たちを召使いやボディーガードとして使役していた時期があり、オレインはそうした一族の子孫なのだという。

 大昔の覇天大戦によって世界の勢力バランスが崩れ、天使の優位性は失われ、アルカンシエルもすっかり零落してしまったが、オレインの先祖だけはあくまでアルカンシエルのそばを離れず、仕え続けたのだとか。


 そして現在はオレイン自身、なにやら複雑な感情を抱えながら、父祖の家訓に従ってアルカンシエルの世話をしているようだ。


「ありがとうございました! これでまた、あの人とのNTRプレイが捗ります!」


 オレインはそう言って、満面の笑顔で深々と頭を下げてきた。

 NTRプレイ! そういうのもあるのか。


 寝取られ好き属性持ちということか……! 正直俺には理解できん性癖だが。

 ……複雑な感情っていうか、実はコイツも、割と精神ぶっ壊れてるのかもしれん。


 この船の女どもはアクが強いとかいってたが、オマエも大概じゃねーか。

 どうぞお幸せに。





 瞬間移動で操縦室へ戻ると、すでに室内は綺麗に片付き、アロア、リネス、ブランの三人でちゃぶ台を囲んでいた。なんでわざわざ床にゴザ敷いて、ちゃぶ台置いてんだよ。

 どうも三人でお絵描き大会などしていたらしい。リネスもすっかり例の薄い本制作に巻き込まれてしまったようだ。


「俺はいったん船外へ出て、色々と現状を確認して回らにゃならん。リネス、おまえはどうする? 城へ戻るか?」

「なんか面白そう。ボク、一緒に行くよ」


 とリネスが応えるや、ブラン、アロア、レールの三人も同調した。


「リネスちゃんが行くなら、わたしもー」

「アーク、お城の案内してくれるって、さっき言ってたわよね? さっそく案内してちょうだい」

「ならあたしも行く。仲間外れはナシだよ」


 そこへ、黒い鋼鉄の球体が、ふよふよと宙を浮いて寄ってきた。アロアの護衛にしてブランシーカーのセンサーでもある機神ボルガード。


『主ガユカレルナラバ、私モ……』

「ボルちゃんはお留守番だよー」


 アロアは、とびきりの笑顔で、ボルガードの希望を却下した。


『ソンナ……ナゼ、イツモ、コンナ扱イ……』


 ボルガードは悄然と……いや本当にそういう状態なのかはわからんが、そういう雰囲気をなんとなく声に滲ませながら、操舵席のほうへとふらふら漂っていった。


「あれ、ほっといていいの?」


 リネスが訊くと、ブランが肩をすくめた。


「誰かが留守番してなきゃ、何かあった際に対応できないからね。だいたいあの子は、アロアが呼べば空間転移でどこからでも一瞬で飛んでこれるから」


 そういや、あいつには、そんな能力もあるんだったな。さすがはゲーム世界の古代遺物、理屈はさっぱりわからんが便利な設定になっている。


「よし、ではまず船外へ出るぞ」


 意見はまとまったので、俺は早速リネスたちとともに瞬間移動し、ブランシーカーの転移地点である芝生の庭園の一隅へ出た。


「わ、外は真っ暗だね」

「ちょっとレール、どこ触ってんのー」

「あ、リネスちゃんのほっぺた……ぷにぷにー」

「きゃはは、くっすぐったいよー、アロアちゃんー」

「だんだん目が慣れてきたよ。ここは……?」


 冴々たる月に照らされた、夜の庭園。見上げれば巨大なブランシーカーの舷側が、城壁のように視界の一角を覆っている。

 その反対方向へ顔を向ければ、大手門の彼方、ライトアップされた白亜の魔王宮が、夜空にくっきりと壮麗な姿を浮かび上がらせている。


 先刻まで、この庭園にはアズサたちがいた。今は別区画に移動させてるが、なんか遠くから、騒がしい声が聴こえてくる……。


「待て待てぇー! 待つがよいー! なぜ逃げるのじゃああー!」


 なんだ、この声は。アズサやバハムートたちのものではない。どうも上空で声が響いてる感じだが。

 だんだんこちらに近付いてくる……。


「よいではないか、よいではないか! さぁ、戻って、妾と交尾しようぞぉ!」


 声のするほうへ目を向けると、月をバックに、二頭の巨竜のシルエットが空を飛びまわっている様子。逃げ回る一頭を、もう一頭が追いすがっているように見える。

 逃げてるのは……ヴリトラだな。鱗が緑色だから、アズサの舎弟コンビのどっちか片割れだろう。


 追いかけてる竜は……なんだ、ありゃ。

 大きさも形もヴリトラに近いが、それよりは少し丸っこいシルエットで、微妙に異なっているようだ。


「なぜ逃げるのじゃー! この幻想界の女王たる妾が、交尾してやると言うておるのじゃぞー!」


 ……幻想界の女王。でもって、竜。


「はー、マルティナさん、また年甲斐もなく……仕方ないなぁ」


 俺の横で、呆れ顔で呟くレール。

 なるほど。あれは先ほど船外へ出奔したという幻想界の要介護ドラゴン女王、マルティナ。その真の姿ってわけか。


 八百歳越えのボケ老婆ドラゴンが、若いヴリトラに惚れて、交尾を迫って追い掛け回してる……と。

 追われる側からすれば地獄のような状況だな。普通逃げるわ、そりゃ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ