762:はたらく大天使BLACK
ブランシーカーの主動力は魔力核融合。
重水素燃料に膨大な魔力を注ぎ込んで核融合反応を引き起こし、動力とする仕組み。
この機関室には、そのための反応炉があり、アルカンシエルはそこへ魔力を供給するため常駐している……というか、させられてるというか。
いっぽう、バハムート世界の大型兵器にも、重水素を燃料とする反応炉が積まれている。空間戦車はその代表格。こちらは大気中のエーテルを炉心に取り込んで、さらに複数の触媒による化学反応を用いて重水素を爆縮し、核融合反応を引き起こすという仕組み。燃料効率は後者のほうが上だが、最大出力では前者が遥かに上回るのだという。
同じ核融合反応を利用する兵器でありながら、こういう違いが生じるのは、歴たる高度科学文明のバハムート世界と、ガバガバ設定なゲーム世界との差違ということでもあろうか。いやどうでもいいことだけどな。
ともあれ、ブランシーカーのメイン機関は、重水素燃料と、外から注がれる魔力によって稼働する。どっちが欠けても動かない。
その両輪の一方たる魔力の供給役が、ここに繋がれてる黄金翼の大天使アルカンシエル。
以前、ブランシーカーに攻撃を仕掛けて返り討ちに遭い、レールとアロアのサイコウェーブで部下全員を発狂させられたあげく、当人もほぼ正気を失って洗脳状態に陥り、ここに鎖で繋がれて、反応炉への魔力供給を強いられていた……という。
なお、アルカンシエルが捕獲されるまで、この機関室には百人以上の奴隷が詰め込まれて、かわるがわる魔力供給をさせられていた。魔力が切れた奴隷はクビになり、「売却」されてしまったという。ゲームの設定には存在しない、まさに舞台裏の闇の部分というべきか……。
大天使アルカンシエルは、常人の何百倍という出力を一人で供給できる。そのため、用済みになった奴隷は全員クビになった。
それもヒデェ話だが、さらにアルカンシエルといえども、常時無尽蔵の魔力を発揮できるわけではなく、定期的に、他人の魔力を「注入」してもらう必要があった。
正気を奪われ、鎖で繋がれて、船内の男どもの「お相手」をさせられていたのは、そういう理由からだ。
そうやって船内の男どもから魔力の補充を受けていたと。まさに一石二鳥……と、いっていいのかこれは。一応、これはこれで、システムとしては、うまく回っていたらしい。
ところが、ここ最近。
守護精霊ブランやアロアたちの悪ノリにより、ブランシーカーは次元の壁を次々にぶち破り、様々な世界を渡り歩く時空放浪船と化していた。
ブランシーカーの次元移動には次元歪曲砲をぶっ放す必要があるが、なんせそのエネルギーも魔力反応炉からチャージされるもの。本来、そうそう連発できるものではない。
このブランたちの無茶ぶりに、最も大きな負担を強いられていたのが、他ならぬアルカンシエル。おかげでアルカンシエルは、何人の男どもを相手にしても到底補充が追いつかないほど膨大な魔力を、立て続けに消費させられた。
その結果――。
「こんな姿になっちゃったの」
魔力を失ったアルカンシエルは、どんどん身体が縮んで成長逆行し、いまや外見五歳ぐらいの幼女と化してしまった、という。
どんな仕組みだ大天使……。いやパツキン天使ロリ、可愛いんだけどさ。
皮肉なことに、逆行の過程で、アルカンシエルはサイコウェーブの影響を脱し、不完全ながら自我を取り戻していた。
不完全というのは、正気を失っていた間の記憶はあるものの、精神性まで外見通りに幼児退行してしまった、ということらしい。
思考力も幼児並に低下していて、現状を把握してはいても、自力でこの状況をどうにかする術を思いつけず、ただただ、オロオロしていた、という。
船から逃げ出すべきなのか。あるいはおとなしく船にとどまって魔力供給役を続けるのか。前者は、自身を縛り付ける鉄の枷と鎖のせいで不可能。幼女の力で外せるような、ヤワな代物ではなかった。
では後者で……といっても、幼児化した彼女に、もはやこんな巨大な船を動かす魔力は残っていない。
ならば船内の男どもから、あらためて魔力の供給を……。
……残念ながら、ブランシーカーにロリコンは乗り込んでいなかった。
詰んだ――と思った。
まだブランシーカーの枢要部には知られていないが、もしアルカンシエルの現状を知れば、出涸らしと化した無力な幼女を生かしておくことは無いであろう。
船長のレールや守護精霊ブランは、呑気な連中に見えて、そのあたりは非情にシビアらしい。使えないキャラは「エレメント化」や「売却」といった特殊なコマンドで、素材や金銭に変換してしまうのだとか。どういう理屈でそうなるのかわからんが恐ろしい話ではある。ソシャゲってのは実際そういうもんだしな。
世話役のオレイン以外には、まだアルカンシエルの現状を知るものはない。だがそれも時間の問題だろう。
内心ひたすら怯えつつ、アルカンシエルは必死に打開策を探り続けた。現状が露見する前に、救いの手が現れないものかと――自分に残された乏しい感知能力を総動員し――かろうじて、ひとつの希望を見出した。
以前にも「味わった」ことのある、極上特大の魔力が、なぜかいま、この世界に存在している。まだかなり遠くにいるが、次第にこちらへ近付きつつある――と、アルカンシエルは知覚した。
その魔力の持ち主こそ……短い期間ではあったが、この機関室でたびたび「お相手」していた異邦人アーク。
彼こそが、きっと自分を救ってくれるはずだと、アルカンシエルは信じた。そう信じて、その名を呼び続けた。
そして本当に、アークは自分のもとにやってきてくれたのだ。
「おねがい、アーク様! わたしをたすけてぇー!」
アルカンシエルは、俺の足元にしがみついて泣きながら懇願してきた。
こいつも色々大変だったようだな。本当にこの船、外観や名前は白いくせに中身はスーパーブラックだよ。
「……助けるのは構わんが、どうすりゃいいんだ?」
と聞くと、アルカンシエルは、きっと泣き顔を上げて、真っ赤な目で俺を見据えた。
「前とおんなじです」
「おんなじ……って、まさか」
「はい。わたしに『注入』してください。あなたの、その逞しくて、ぶっとい魔力を……ずぶっと、わたしの中に」
外見五歳児の幼女に、真顔でそんなお願いをされてもな……。どーすんだこれ。




