761:機関室で待つもの
勝手に船から出奔したマルティナについては、そう急いで対応する必要はなさそうだ。
なにせ外見は旧スク水幼女だが、ちび妖精の解説によれば、あれは恒常SSRのそのまた上の期間限定SSR。
レアリティと戦闘力は必ずしも比例するわけではないそうだが、水着マルティナに関しては、全キャラ中トップクラスの能力を擁する……いわゆる、人権キャラの一角だという。何が人権なのかよくわからんが。
つまり、ほっといても、そうそう野垂れ死んだりする心配はない……ということらしい。
それに、なんとなく、マルティナが何を求めて飛び出したのか、だいたい見当はついてるしな。
今はそれより、この船に燃料を入れてやるのが先決かね。
船の現在位置は、城下南側の前庭。アズサたちヴリトラやトカゲ竜どものキャンプ地として使わせてたんだが、急遽、この船の転移停泊先に指定した。他に適した場所が思いつかなかったんでな。
アズサたちは、すでに隣りの区画へ移動しているはずなので、問題はなかろう。
操縦室では、レールやアロアたちが、さきほどの振動でひっくり返ったデスクだの棚だのの片付けで慌しい。リネスもきっちりお手伝いしてるのが実に微笑ましい……。
と、ちょうどそこへ、陛下トレーサーからの呼び出し音が響いた。スーさんからの連絡だな。
「陛下。こちらの窓からも、確認いたしました。その大きな船……船ですな?」
「ああ、船だぞ。陸上を浮遊移動する、ちょっと変わった船だ」
「ははあ、そのようなものが……。で、陛下はいま、その船に乗っておられるのでございますな?」
「そうだ。クラスカたちには連絡してあるか?」
「ただいま、そちらに向かっております。それで、私めは、いかがいたしましょう?」
「スーさんは、まだしばらく、そこで城内の把握に努めてくれ。状況が落ち着いたら、こっちから連絡する」
「承知いたしました」
通信を切り、俺はあらためて、ちび妖精ブランに声をかけた。
「ようこそ、わが城へ。歓迎するぞ」
「ふうん。なかなか立派なお城じゃない。アンタ、あそこに住んでるの?」
船窓から王宮を指さし、ブランはわくわく顔で訊いてきた。ずいぶん興味津々な様子。
「そうだ。……といっても、けっこう長いこと、留守にしてたんだがな。興味あるなら、後で案内してやるぞ」
「わっ、ほんと? ぜひお願いするわ! あ、そうだ、お礼にイチゴぱんつ見せたげる!」
いやだから見せんでいいって。
さっさとリネスを連れて船外へ出ていくつもりだったが、そういえば、ひとつ用事があった。
オレインとかいう若人に言われてたんだよな。機関室へ行ってくれと。
リネスは……片付けがてら、まだアロアと話し込んでる。レールもいつの間にかまざっている。
「それでね、いま絵物語の本を作ってるんだけど、なかなか思うような絵って難しくてね……」
「イケメン天使ってほら、羽も書かなきゃいけないじゃない? それの絡み合いとなると、処理がすっごく大変になってきて……」
「アロアちゃんの羽を参考にするんじゃダメなの?」
「それがね、ビー・エル先生がいうには、実は天使って、性別で羽の形がけっこう違うらしいんだよね。なのに資料ってあんまりなくて……」
何の話だ、何の。絡み合いって。リネスまで腐らせる気かコイツら。
とはいえ、機関室にリネスを連れていくわけにはいかんし、室内の片付けもまだ済んではいないようだ。もう少しの間ぐらい、放っといていいか。
「リネス、すまんが、俺はちょいと用事がある。すぐ戻ってくるから、待っていろ」
「はーい。早くかえってきてねー」
「うむ」
と、リネスには一応声をかけておいて、俺は瞬間移動魔法を発動させ、まず後部甲板上へ転移した。
月夜の船上。オレインは、ちょっと離れところで、何人かと一緒に慌しく駈けずり回っている。
どうも、船を転移させた際の衝撃で、先ほどせっかく積み込んだコンテナ類の山が崩落してしまったようだ。その片付けに追われてるようだな。
俺のせい……と言えなくもないが、きちんと荷物を固定しておかなかったためでもあろう。気の毒だが、放っとく。
すっかり修羅場な様相のオレインたちを横目に、俺は後甲板から船内へ伸びる鉄階段へと踏み込み、ゆっくりと降りて行った。
階段を降りた先は、機械類やパイプ類、ケーブル類が剥き出しの、短い通路になっている。
左右では、今もよくわからない機器類やらホイールやらシャフト類やらがゴウンゴウンと低い轟音を響かせながら稼働している。途中、いくつか曲がり角があるが、以前にも何度かここには通っていたから、とくに迷うこともない。
通路を抜けて、突き当たりのドアへ近付くと、俺の名を呼び続ける声が聴こえ始めた。うわ。オレインから聞いてた通りだな。
あのドアが、すなわち機関室の出入口。例の大天使のねーちゃん、アルカンシエルが繋がれて、魔力供給を行なっている場所だ。
俺がおもむろにドアノブに手をかけると、中から「入って! 早くぅ!」と、懇願する声。いわれんでも入るがな。
ドアを開くと……。
「ま、待ってたのぉ! アーク様! アーク様ぁ!」
いきなり、小さな幼女が俺のもとへ駆け寄り、がばと足元へしがみついてきた。
……ん? 幼女?
「あっ、あのね、わたし、アルカンシエル……!」
金髪の幼女。背中には大天使の黄金翼。たしかにこれは、以前にも見たアルカンシエルの翼。
ただ、以前はボンキュッボンな妙齢の美女だったのに、全体に思いっきりサイズが縮小している。
胸は平坦になり、顔つきも幼くなっている。外見は人間でいえば四~五歳ぐらいか。声までたどたどしく幼児化している。
一体、なんでこんなことに?
そしてなぜ、コイツは俺を名指しで呼んでいたんだ?




