757:次元放浪
事の起こりは、一冊の書物だった。
コラボイベントの期間終了にともない、アーク、リネスを別空間へ送り出したブランシーカーは、直後にサーガン砂漠のオアシス都市メメントを脱出し、砂漠の北限近い小集落まで辿り着いたものの、そこで燃料切れを起こし、停止を余儀なくされていた。
もともとメメントで補給を受ける予定だったが、『邪神』の召還による魔物の大量発生でメメント市街は壊滅状態に陥り、それどころではなくなっていたのである。
……邪神ってのは、つまりワン子のことだが。
ともあれ、その小集落には、ちょうど北方の山岳地帯から一群の隊商が訪れていた。船長のレールは、隊商と交易を行い、相当なぼったくり価格ではあったものの、当面の必要物資を買い付けた。ブランシーカーの燃料である重水素も、わずかながら補給でき、再出発が可能になった。
集落を去り際、ブランシーカー乗員のひとり、カンフォードという中年男が、隊商から一冊の古い書物を購入していた。
(イベント配布R)やくざ医師カンフォード
職業:薬剤師
種族:人間(48・男)
戦闘力:2800
二身合体:可
備考:もとはエルオミの街の開業医だったが、腕はいまひとつで、ぼったくりのヤブ医者として悪名高かった。アロアの治療をめぐるトラブルで船長レールの怒りを買い、ブランシーカーの舷側機関砲で脅され、改心してブランシーカーに乗り込んだ。医療行為に直接関与できる腕前ではないが、さいわい薬剤には詳しく、現在はブランシーカー医務室の調剤担当として働いている。
やくざ医師が薬剤師をやってると。ふざけてんのかこのソシャゲ。でもって、レールは何やってんだ。鬼か。
いやそれはともかく、そのカンフォードが買った古い書物というのが、古代の天使文明期に、当時の天使たちが趣味で描いていたという絵物語だった。ページ数は少なく、やけにぺらっぺらの「薄い本」で、イケメンな男天使らがアレとかアレとかするアレな内容。腐ってやがるぜ。
あの世界の古代に、そんなもんが存在してたのも凄いが、それが現存して隊商の売り物になってるのも凄い。あげく、それを中年のおっさんが購入するとか、もうわけがわからん……。ようするに、カンフォードとかいうヤブ医者は、そっち趣味だったと。
その本を、ブランシーカーの医務室で偶然、見つけて読んでしまったのが、他ならぬ大天使少女アロアだったから、さあ大変。
イケメン天使たちのアレな姿やアレな行為に大興奮してしまい、自分たちも同じような本を作りたい、などと言い出した。
ブランシーカーの守護精霊たる「白の賢者」ブランも、カンフォードから現物を取り上げて熟読し、すっかりアロアに同調してしまった。おまえまで腐っちまったのか、ちび妖精……。
しかし、絵物語をつくるには、まず絵が描けなきゃ話にならない。下手でもいいが、最低限、自分が表現したいものを形にする技術がなければ、幼児の落書き帳と変わりない。
実は、ブランシーカーには、既に絵物語……というか、薄い本を手がけるに足る技術を備える人材が乗り込んでいた。当人は、隠れ趣味として、いわゆる耽美絵をこそこそ描いてるだけだったのだが。
「絵を描ける人に、まずは技術指導を仰ごう!」
というブランとアロアの方針決定により、ボルガードが全乗員のデータを洗い出し、該当者を無理矢理引きずってきた。
(期間限定SSR)放浪の耽美絵師ビー・エル
職業:山なしオチなし意味なし
種族:腐天使(年齢不明・女)
戦闘力:23820
二身合体:可
備考:古代天使文明の時代から生きてきた数少ない上級天使の一柱。いわゆる耽美絵に溺れすぎ、地上監視という上級天使の務めを放り出して、同志らとともに薄い本の制作に血道をあげており、上層部より「腐天使」と認定されて地上へ放逐されてしまったという悲しい過去をもつ。しかし、おかげでその後勃発した覇天大戦に巻き込まれることなく生き残り、各地を放浪しているところをブランシーカーに拾われた。上級天使だけあって、外見は十代の少女のように若々しく、また戦闘能力も非常に高いが、当人は耽美絵を描くことと鑑賞すること以外にはまるで関心がない。
……職業欄がすべてを物語ってるというか、もう名前からしてアレだ。結局、カンフォードが買った薄い本の著者が、他でもないビー・エル本人だったという。
ビー・エルは当初、自分が耽美絵師だとバレれば、また昔のように見捨てられ、放逐されてしまうのではないかと恐れており、ひたすらに経歴も趣味も隠してきたのだが、アロアやブランは、むしろビー・エルの経歴を全力で称賛し、指導すら仰いできた。
ビー・エルは、すっかり自信を取り戻し、彼女をプロジェクトリーダーとして、全船をあげて、新たな薄い本の制作に取り掛かることになったのである。
この一連の騒動の間に、ブランシーカーはサーガン大砂漠を抜けて北上を続け、グルッホ山岳という領域へ踏み込んでいた。
船長のレールは、薄い本騒動には関与せず、ボルガードとともに、真面目に操艦と進路の監視につとめていたが、船内の状況には小首をかしげていた。
薄い本を作るのはいいが、その後どうするのか?
ボルガードに聞いても、自分には関連するデータも記憶もないという。
結局、その素朴な疑問を守護精霊ブランに投げかけてみると――。
「この世界の創造主、ディーエとムエムが、どこから来たか知ってる?」
と、逆に聞き返された。
「いや、しらないけど……」
「アタシは知ってるわよ。彼らは、ここより一段、上位次元にある世界の住民。そしてね。そこには……年に二度、世界中の絵物語の造り手が集い、大量印刷した自前の絵物語の本を展示、即売する、とても大掛かりなイベントがあるんだって。たしか、エピック・マーケット、だったかな。略してエピマ」
「……なんでそんなこと知ってんの?」
「アタシは、ディーエとムエムに作られた自律・自己成長型管理プログラムだからね。彼らがアタシに植えつけたデータの中には、上位世界の様々な知識が断片的に含まれてるのよ」
「はあ」
わけがわからん、とレールは思ったものの、ブランの意図はおよそ察しがついた。
「ようするに、絵物語の本を刷って、その上位世界のイベントに乗り込もうってわけ?」
このとき、既にレールは性別を変更して女の子になっている。理由は……なんとなく。マイページからボタン一発でいつでも変更できるらしい。マイページってなんだよ。
「そう。この船なら可能よ!」
いつになくノリノリでブランは断言した。
つまり、空間歪曲砲で時空間に穴をぶち開け、そこから上位世界へ渡る……。
はずだったが。
実際にレールが空間歪曲砲をぶっ放し、出現した次元断裂へブランシーカーで突っ込んだところ、まるで見当違いの異世界をいくつも彷徨う羽目に陥り、そのあげく。
俺たちの住む、この世界に流れ着いた……という顛末らしい。
この船、アタマのネジが吹っ飛んでる奴しかおらんのか。ちび妖精すらも。




