753:ラッキースケベ
シミュレーターを終了し、クラスカともども空間戦車から降りると、イレーネが外で待ち受けていた。
「どうだった? 変なものが映ってたでしょ」
イレーネが訊いてきた。
「ああ、見た」
俺は短くうなずいた。
……どう説明するべきだろうな、こういう場合。
映っていたのは、確かによく見知った、あの船。陸上を、ホバーのように浮いて移動するという、特殊な超大型船舶だ。
……ただ、同型船という可能性も、なくはない。あの世界では、過去に大戦争があって、ああいう陸上兵器も大量に造られていたそうだし。
「あれは、我々の世界の技術ではないし、といって、この世界のものでもあるまい」
クラスカが呟く。
「かなり高度な技術の産物であることは間違いないと思うが、いったいどこから、どういう経緯であそこにいるものやら……」
それについては、推測がつく。仮にあれが、俺の見知ったブランシーカーそのものだとすれば、間違いなく、あの船の主砲、次元歪曲砲による影響だろう。船長のレールは、何かっていうとあれを撃ちたがる変態だったしな……。
「クラスカ、イレーネ」
と、俺のほうから呼びかける。
「近頃、空間断裂が不安定化してるって話をしてたよな?」
「ええ。ヴリトラたちが出現したのも、たぶんそのせいだろうと推測してるけど……」
「これまでに収集した情報によれば、かなりイレギュラーな事態が起きているようだ。こちらでは詳細まで確認できないが、我々の世界の側で、いくつも新しい亀裂が生じているらしい」
それ、たぶん、あいつらのせいだと思う……。
「……その別世界の兵器については、少し、心当たりがある」
俺がそう告げると、クラスカが驚いたように眼をむいた。
「え、なんだって?」
「これから、ちょっと調査してみる。うまくいけば、面白いことになるかもしれんぞ」
「どういうこと?」
イレーネが首をかしげた。
「あの船を、わが魔王城に招くことができるかもしれない、ってことさ。まだ、そうできると決まったわけじゃないがな」
もし、あれがブランシーカーで、中身もそのまんまなら、直接会って説得することが可能かもしれない。
そうでなくとも、あんな物騒な超兵器を、この世界で野放しにしておくわけにはいかん。バハムート側の戦力に加わってこちらに敵対などされたら、大惨事になりかねん。
まずは、リネスを連れて、様子を探りに行くとしよう……。
この後はチーに会いにいくつもりだったが、事は急を要する。一刻も早くブランシーカーの現状を確認し、必要な手を打たねばならん。
ってわけで、アロアと特に仲の良かったリネスを連れて行きたいわけだが、今どこにいるのか。
ハネリンに連れられて、他の連中ともども客舎のほうへ案内されたか、もしくはみんなで城内観光ツアーと洒落込んでるか。
……この城、なんだかんだで結構広いからなあ。なんの手掛りもなしにリネスを探すのは、ちょいと骨が折れる。
こんなときは。
ドラゴンレーダー……って、あれはドラゴンとエルフの位置が大雑把にわかるというもので、まだ個体は特定できないんだよな。
一応、取り出して起動させてみると、光点が三箇所に分散していた。そのいずれかにリネスがいるわけだが。これだと、いちいち見て回るより、訊いたほうが早いか?
というわけで、腕時計型通信ガジェット、陛下トレーサーの出番。大概、スーさんかチーが城内側通信端末のそばに常時いるらしいので、どっちかが出てくれるはず。さっそくポチッとな。
「おや、陛下、いかがなされました?」
と、聴こえてきたのはスーさんの声。もう美女の着ぐるみは脱いじゃってるようだな。
「ああ、すまんが、リネスが、今どこにいるかわかるか?」
「は。あの子供でしたら、いまは上階のバルコニーへ出ているようですが」
さすがは魔族の宰相、居ながらにして、城内の状況を手に取るように把握している。
「呼び出しをかけますか?」
「いや、場所さえわかれば、俺のほうから出向くよ。ご苦労さん」
「いえいえ。ところで、陛下。例の、大きな鉄人形ですが……」
「ん? ロートゲッツェのことか?」
「はい。とりあえず、さきほど、ルザリクより瞬間移動でここまで運んでまいりまして」
ああ、そう頼んでおいたからな。歌って踊れるアイドル機神ロートゲッツェ。いわゆる人型巨大ロボだが、装甲材が非常に軽いヒヒイロカネなので、見た目よりはずっと軽く、スーさんの瞬間移動でも十分運べる重量になっている。
「何か問題が?」
「その、チーどのがですね、あれを」
「チーがどうかしたか」
なんだ? チーは魔王城のお抱え技術者ではあるが、これまでロートゲッツェの計画に、とくに関わりはないはずだが。
「ひと目見て、なにやら随分と気に入ってしまわれたようで」
「はあ」
「いま、大広間で分解を始めてます。一応、止めたのですが……」
なにやってんのくれてんのあいつは……。なにか、よほどチーの琴線に触れるような技術でも見出したのかね。
たとえここでバラしても、また再組み立てはできるだろう。とはいえ、これまでルザリクのハンガーに籠って、徹夜で組み立て作業をして、仕上げまでやってたティアックがそんなん聞いたら泣くぞ。
「……わかった。あとでティアックを大広間に向かわせるから、それまでは好きにやらせとけ」
「は。承知いたしました」
通信が切れた。
ロートゲッツェについては、技術者どもに任せておいてよかろう。最終調整にはパイロットのフルルも立ち会わせねばならんが、それはまだ後回しだ。
今は、リネスを連れ出すのが最優先。
俺は、額に手を当て、軽く念じて、魔術師レンドル直伝、瞬間移動魔法を発動させた。
一瞬にして、城のバルコニーへ移動完了。
「きゃっ、アーク!?」
いきなり、リネスの驚声が響いた。そりゃ、突然俺が目の前に出てきたら誰でも驚くわな。
リネスは、例の白いレオタードを脱いで、お着替え中だったらしい。かぼちゃパンツにシミーズ姿で、どこから調達したのか、黒いショートドレスを手に持っていた。というかなんでわざわざバルコニーなんかで着替えてんだ……。
「もーっ、アークのエッチ! 見ちゃだめー! あっち向いてて!」
声をあげつつ、慌ててショートドレスを着込むリネス。
これまで散々一緒に冒険してきた間柄。何を今更、という気もするが、リネスも乙女。そりゃこんな反応になるか。
いわれるまま背を向けつつ、ふと思ったのは……ラッキースケベって、こういうのかな、とか。
中身七歳相当の女児だけどな。




