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075:旅の男と村娘

 エナーリアが人狼たちに状況を説明する間、俺とミレドアは、いったんその場から離れることにした。

 二人で祭壇の間から隣のホールへ移動して、扉を閉め、さらにその手前の通路まで戻る。ホール内は、まだ人狼たちを斬り殺したときの血溜りが残っていて、あまり居心地がよくないからな。


「さっき、エナーリアと、何話してたんだ?」


 通路の壁際に腰をおろしながら、ミレドアに訊いてみる。ずいぶん楽しそうに話し込んでたが、魔族とエルフに、そんなに共通の話題があるとも思えん。よほど気が合ったんだろうな。

 ミレドアは、俺の隣りにそっと座った。なにげに肩を寄せて、もたれかかってくる。少し疲れてるようだな。色々あったからなぁ。


「んーとぉ。いま湖がどうなってるか、とか、おイモさんのお話とか、あとぉ、ご先祖さまのこととかですねー」

「ご先祖? ミレドアのか」

「ええ。エナーリアさんに訊かれたんですよー。わたしのご先祖さまに、凄い魔術師がいなかったか、って。それで思い出したんですよ。昔読んだ、ひいばあちゃん……曽祖母の日記に、旅の魔術師さんがどうたらって書いてあってですねー。どうも、曽祖母は、その魔術師の方を好きになって、子供を授かったらしいんですよー。それがわたしの祖母で……」

「ほう。てことは、その魔術師が、おまえのひいじいさんってことじゃないのか?」

「ええ。そうだと思います。でもー、その魔術師さん、子供が生まれる前にダスクからいなくなって、その後どうなったかは日記にも書いてなかったんですよ」


 なるほどねえ。その魔術師は、間違いなくエナーリアを封印した張本人だ。そして、ダスクに子種を残して立ち去っていった。その血を受け継いだのが、他ならぬミレドアってわけだ。ミレドアにも魔術師ゆずりの魔力が宿っており、本来なら掛けた当人にしか外せないはずの扉の鍵や封神玉のプロテクトを、難なく外すことができたと。

 それにしても、ミレドアの曽祖母が残した日記か。興味深いな。実はかなり貴重な資料なんじゃないだろうか。


「できれば……あとで、その日記、読ませてくれんか? 無理ならかまわんが」


 ためしに聞いてみる。ミレドアは、こっくりうなずいた。


「ええ。勇者さまのお役に立てるのなら。それにしても、なんだかロマンチックですよねぇー。旅の魔術師さんとぉ、村の女の子の恋……」


 言いつつ、ミレドアは、俺の顔を見つめた。

 目と目があう。ふと、ミレドアは頬を赤らめ、うつむいてしまった。


「え、えへへ、……なんだか、ひいばあちゃんの気持ち……わかっちゃったような……」


 照れ笑いを浮かべるミレドア。今の自分に、日記に書かれていた曽祖母の状況を重ねあわせているんだろう。旅の男と村娘。恋愛物語でも、英雄譚でも、古今、そういうシチュエーションは多い。概して女は異邦人に弱いもんだ。エルフ娘も、そのへんは人間と変わらんようだな。

 それにしても──俺は、ちょっと息を呑んだ。


 もともと格別な愛されオーラの持ち主ではあるが、いまのミレドアは、それが数千倍も増幅されたように思える。「可愛い」という言葉を擬人化したらこうなる、という総天然色見本のような姿、仕草、表情。すべてがキラキラとまばゆく輝いて見える。しかも、いま彼女の服は焼けてボロボロ。ほぼ半裸だ。あちこち白い肌があらわにのぞき、意外に豊かな胸もとも、半分以上、はだけて、たわわんと揺れていたりする。


「勇者さま……。わたしのこと、お嫌い……ですか?」


 ささやくように尋ねてくるミレドア。


「嫌いなわけないだろう。はじめて会ったときから、可愛いと思ってたよ」


 くっ、歯が浮く! こういうのは俺には似合わぬ!

 しかし、ここは雰囲気を大事にすべきだ。当人はロマンチックな恋愛譚がお望みのようだし、今ちょうどそういう状況になりつつあるわけだから、それをぶち壊しにするのは、いかにも勿体無い。雰囲気に酔わせつつ、このままラストまで、焦らずじっくり進めようじゃないか。


「ほんと……ですか……?」


 ミレドアが確認してくる。俺はゆっくりとうなずいてみせた。途端に、長耳をぴんっと跳ねあげ、頬を真っ赤に染めながら、ミレドアは心底嬉しそうに微笑んだ。ああもう、可愛いなあ。

 初対面のときは、あまりにテンション高すぎて、せっかく美少女なのに、可愛らしさよりウザさのほうが上回っている印象だった。だが今は、すっかりしおらしくなって、その一挙一動すべてが俺の煩悩を刺激してくる。だが耐えろ、耐えるのだ。ここからさらに、メロメロきゅううんな雰囲気へとミレドアを導いていくのだ。そして──。


 俺は、そっとミレドアの頬に手を当てた。一瞬、ぴくんっと驚いたような顔つきになる。が、次第に、うっとり蕩けるような表情に変わっていった。まるで、俺の掌の感触に酔いしれたかのように。


「勇者さま……わ、わたし……」

「どうした……?」

「わたしも……わたしも、その……」


 よし。さあ言うんだ。

 自らの意思で、俺にすべてを委ねる、その一言を。そうすれば──。


 不意に、ホールの奥のほうから、けたたましい金属音が響いた。同時に、バタバタと複数の足音がきこえてくる。


「ひょええええっ?」


 ミレドアがびっくりして身を起こし、ホールのほうへ顔を向けた。

 どうも、人狼たちが扉を開けて、出てきたようだな。


「あれーっ、ボス、いませんぜー?」

「馬鹿、よく見ろ! ほれっ、入り口のほうだ、通路に出ていらっしゃるだろが!」

「あー、ほんとだー」

「くぅんくぅん」


 グレイセスたちの声。エナーリアから説明を聞き終えて、あらためて俺様へ挨拶しに出てきたってわけか。にしても、なんという間の悪さ。あとちょっとだったのに。


「……困った連中だ。いいところだったのにな」


 俺は深々と溜息をついた。ミレドアも、いかにも残念そう。


「うう……あと、もーちょっと……」

「ま、しょうがない。続きは、あとで、じっくりと……な」


 俺がそっと囁いてやると、ミレドアは、ちょっぴり恥ずかしそうにうなずいた。



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