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742:そそり立つもの


 暗い。

 何も見えない……。


 というか、顔面が圧迫されている。俺の顔を、ぷにぷに柔らかい何かが覆っているような……。


「ふふふ、こういうのもなかなか……悪くないな」


 ツァバトの囁き声が俺の耳に届いてくる。

 なんだ。どういう状況だ、これは。何も見えんし、息もできん……。


 小さな手が、俺の側頭部をさわさわと撫でてきた。

 ――なんとなく、だんだん状況がわかってきた。


 これは……膝枕に近い態勢。

 いま俺の身体は、柔らかい床だか地面だかに横たわっており、正座したツァバトが、俺の頭をその膝に乗っけて、さらに俺の顔面を……自分の下腹に、ぴっとり押し付けている……。そりゃ何も見えんはずだ。


「ほれほれ。我の太股と、ぽっこりお腹の感触はどうだ? 我の柔肌は気持ちよかろう? ん?」


 なにが、ん? だよ! 絵面的にもうアウトだこれ!

 しかし、自分の置かれた状況については把握しながら、奇妙なことに、俺の身体がまったく動かない。指一本動かせないのだ。声も出せない。どうなってるんだ?


「おお、そんなに嬉しいか。ならば、我の幼い肌を存分に堪能するがよい。なんなら後で、もっと良い事をしてやるぞ?」


 べつに嬉しくねーし! どういう状況か説明しろってんだよ!


「ここはだな。端的にいえば、汝の体内だ」


 俺の内心の叫びが届いたのかどうかわからないが、おもむろにツァバトが説明をはじめた。俺の体内ぃ?


「ただし物理的肉体ではなく、霊的な部分だ。汝の魔力と知恵の根源たる最奥のセフィラ。すなわちダアトの内側に、汝と我の精神が同時に入り込んでいる」


 ダアト……生命の樹の十一番目、「知識」という意味をもつ、隠されたセフィラ……だっけか。またなんとも中学二年生が喜びそうな設定と状況。


「ゆえにいま、ここにいる我らは、実体をともなわぬ、純粋な精神体のみの存在。だが、汝には不慣れな状況であろうゆえ、この我が少々、汝の認識と感覚を補助するフィルターを掛けておるところだ。あと少しで終わる。焦らず待つがよい」


 えーと……つまり、精神体初心者の俺でも状況を把握しやすいように、俺の認識と感覚をいじくってる、ということか。

 そういえば、じわじわと身体の感覚が戻ってきているようだ。ツァバトのぷにぷにした肌の感触も、よりはっきりと……いや今の俺達は実体は無いわけだから、あくまでツァバトのフィルターでそのような錯覚を得ているだけだろうが。


「……よし。これでよかろう。どうだ、動けるか」


 ツァバトに告げられて、俺はその下腹からそっと顔を離した。

 まず視界に入ってきたのは、ツァバトの白いかぼちゃパンツ……。


 おもむろに半身を起こして見回せば、周囲はまるで夜の草原のような情景。おだやかな風が吹き渡って、名も知れぬ草花が波のようにざわついている。頭上には満天の星空。ただ、これらも、俺の認識ではそう見えるというだけであって、実際は違うんだろう。


「実像とは違う、か……」


 俺が呟くと、相変わらず半裸なツァバトが、こっくりとうなずいた。


「実際は、もっとゴチャゴチャした不気味な空間なのだがな。さしあたり、不要な情報は削り落して、最低限必要なものだけが、わかりやすい形で見えるようにしてある」

「ずいぶん器用なことができるんだな」

「汝は物理的にも霊的にも、もはやこの世界で最も強い力を持っておる。しかし精神的な耐性については、まだまださほど鍛えられておらぬからな。ダアトの実相をそのまま汝に見せたら、理解不能な情報が津波のごとく押し寄せてきて、あっという間に正気を失うであろう」


 うへ、そんなにややこしい空間なのか、ここって。俺の中のはずなのに。


「深淵というものは、自然とそこにあるのではない。それを覗き込む者の意思と感情の反映なのだ。汝とて例外ではない。それだけのことよ」


 はあ。わかるような、わからんような……。俺の心にも、俺が自覚してないような、より深い闇があるってことかね。


「……で、なんでこうなった?」

「それはむろん、我が手ずから、汝の精神を、ここに引きずり込んだからだ。心配せずとも、ここでの体感時間は外側の物理世界とはリンクしておらん。たとえここで百年過ごそうとも、外の世界ではものの数秒というところだ」


 なるほど、そのへんは亜空間と同じようなものか。なら外の時間を気にすることはないわけだな。

 それはいいが。


「で? 俺をここに引きずり込んだのは、なんのためだ?」

「それは当然――」


 ツァバトは、すっくと立ち上がり、星空の一角を指さした。

 つられて見やれば、その指し示す彼方、星々の輝きに照らされて、空にそびえる巨大な黒い塔のようなものが見えている。高さは、目視でも何百メートルあるやらわからない。まさに天に沖する――という表現が相応しい。


 説明されずとも、なんとなくわかった。あれこそ、俺の精神と人格を司る霊基。まさに俺の霊的中枢というべきもの。

 その黒い巨塔の外側に、これまた長大な蛇のような白い輝きが、ぐるぐる巻き付いている。その光の塊は、次第次第に、巨体を蠢かせ、上へ上へと昇ろうとしているようだ。まさに蛇が棒に巻き付いて昇っていく様子そのままに。


 そうか。あれが、噂の……エロヒムの権能と魔力を司るアストラル体だ。


「これより、あれを取り除く。我だけでは少々きついのでな。汝にもやってもらうぞ。そのために、ここまで導いたのだ」


 ツァバトは、きりり眉を引き締め、決然と言い放った。

 これで、かぼちゃパンツ一丁でなければ、いまの台詞も、もう少しビシッと決まっただろうけどな……。なんとも緊張感を欠くことおびただしい。


 とはいえ、確かに一刻を争う状況ではあるようだ。まずは、エロヒムを俺様のコアから引き剥がさねば。



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