740:脱いでもすごいんです
夕暮れ。
車輪の響きも高らかに、二両の大型馬車が魔王城下の中央街路をひた走る。
自慢じゃないが――いや思いっきり自慢だが、ここの道路舗装は、おそらくこの世界では最先端といえる技術が用いられている。単純な石畳ではなく、表面石の下にはコンクリート片を混ぜ込んだ砂利が二層に分けて敷かれており、中央をやや膨らませて左右に側溝を配置するなど、優れた耐久性と排水性を擁している。かつての旧王都にさえ、そんな凝った構造の舗装道路は存在していなかった。
魔王城のグランドデザイン担当たる建築デザイナー、タンゲーの提案と設計によるものだが、ようするにこれ、古代ローマ式の道路だ。タンゲーがたまたま古代ローマ人と同じ発想に至った……とは考えにくい。ひょっとすると、タンゲーも俺やアイツと同じ世界から来た人間だったのかもしれんな。そういや名前も変わってるし。丹下?
「そろそろ到着いたします」
御者席からスーさんが呼びかけてきた。俺とアイツ、リネスとルードの四人が先頭の馬車に乗り、残りは後続の馬車に乗っている。そっちは当初、スーさんの部下のヴァンパイア紳士が御者をやってたんだが、いつの間にかアル・アラムと交代している。いくらプロの馬飼いだからって、こんなとこでまで働かんでも。なんか楽しそうだから別にいいか。
中央大路からは一直線に王宮の南衛門へと通じている。既に鋼鉄の大扉は左右に大きく開かれていた。二両の馬車は、一気に門を駆け抜け、王宮の内苑へと乗りつけた。ここまで来れば、王宮はもう目の前。スーさんはそこで手綱を引き、馬車を止めた。
「おおう、やっと戻ったかー!」
馬車を降りた俺のもとへ、元気に駆け寄ってくる小さな人影。ぱっつん黒髪ロングに白いワンピース姿のオッドアイ美幼女。そんな見た目ではあるが、中身は泣く子も黙る叡智の大精霊ツァバト。ずいぶん慌てて迎えに出てきた様子だ。正面玄関前には、シャダーンとミレドアの姿も見える。
「本来であれば、儀仗隊を並ばせて、もっと盛大に陛下のご帰還をお迎えすべきと考えていたのですが……」
スーさんが告げてくる。
「チーどのが、今回はその必要はないとおっしゃられまして」
「ああ、俺があらかじめ、そう言っておいたからな」
うなずきつつ、俺は説明した。
「今はその手の儀礼に、時間や人手を割いてる余裕はない。すぐにもやらねばならんことがあるし」
そう言ううちに、ツァバトが俺のもとへ駆け寄り――俺の腰もとにまっすぐダイブしてきた。両腕をガッシと回して俺の腰をホールドし、ぐりぐりと小さい顔を押し付けてくる。いや待てツァバトおまえいきなりなにしてくれてんの。
「くんかくんか」
だからなぜ嗅ぐ! なにその心底幸せげなウットリ顔! 可愛い! いかん、俺の中のアレな性癖が急激にムラムラと……。ここは抑えねば。
「ふぅ……久々にアーク分を補充できた。良いものだなこれは。ふふふ」
また訳の分からんことを……。なんなんだアーク分って。あ、なんかリネスがちょっとムッとした顔になってる。外見の背格好が近いせいか、ツァバトに対抗心っぽいものを持ってるらしい。
「神様ズルい! ボクもくんくんするー!」
いやだから嗅ぎに来るなっての!
ふと、ツァバトが真顔に戻った。
「さて、冗談はこれくらいにして」
冗談だったのかよ!?
「アークよ。よく戻ったな。ギリギリのタイミングだったが、この分ならば、まだ大丈夫そうだ」
「なんの話だ?」
「……汝、すっかり忘れておるな? いま、汝の霊基には、何が食い込んでおる?」
霊基って……そりゃ、エロヒムの……。
「先日、シャダイから警告を受けておったろう。汝の霊基はいま、エロヒムのアストラル体の侵食を受け続けている。このまま放置しておれば、あとせいぜい半日ほどで、汝の霊基と肉体は完全にエロヒムに乗っ取られてしまうであろう」
おお! そういえば、そんな話だった。シャダイからは、手遅れになる前にエロヒムのアストラル体を吸わせろ、とかって提案を受けてたんだったな。もうそのタイムリミットが迫ってたのか。忘れてたわ……。
ツァバトは、ちょっと真面目な顔つきで言葉を続けた。
「だがあのとき、我は汝に言ったな。シャダイの提案など一考にも価せぬ。何も問題は無いと」
「ああ。そういや言ってたな」
「実際、適切な処置さえ施してしまえば、後はシャダイなどに介入させずとも、何の問題もなくなるのだが……その実施をするタイミングが、少々難しくてな。この宵あたりが、ちょうどそのタイミングにあたる。ゆえに、急いで戻れと言ったのだ」
「処置とは?」
「もう時間がない。ここで始めるぞ」
言うなり、ツァバトはいきなり俺の前で、白いワンピースを、ずばっと脱ぎ捨てた。勢いよく。
……え?
状況が飲み込めず、固まる俺。
のみならず、他の連中も一斉にその場で固まった。スーさんでさえも。
白いかぼちゃパンツ一丁の小さな半裸を堂々と衆目に晒し、なぜか、すっごいドヤ顔で胸を張るツァバト。まったく無いけど。胸。そんな姿もまた可憐な……いかん。またムラムラきてる。本当にどうにかならんのかこの性癖。
「さあ、アークよ。我を抱くのだ。この場で! 今すぐに! ずどーんと!」
え、いや、抱くって、そんないきなり大胆な。
……ってそういう意味ではないわな。
俺はその場にしゃがみ込むと、無造作にツァバトの肩に手をかけ、そっと抱き寄せた。最大限に自制心を発揮しながら。
「これでいいか」
「うむ、問題ない。なんなら、もっと色々してもよいのだぞ? ああ、下着も脱いだほうがよかったか?」
「どうでもえーわ!」
「つまらん奴よなー」
俺の腕の中で、ツァバトはちょい不満げに呟いた。実際のところを言えば、ムズムズしちまって困っている。俺様の鋼のごとき精神力でもって、どうにか無理矢理抑え込んでるが。
見れば、ツァバトの腹……ヘソのちょっと上あたりに、奇妙なピンクの刺青のようなものが、かすかな燐光とともに浮かび上がっている。なんらかの効果を持つ小型魔法陣のようだ。
「さ、これに触れよ。ああ、右手で、そーっとな。左手はそのまま、我を抱きかかえて、しっかり支えておれ」
いま手早く解析してみたところ、ようするにこの紋様、俺とツァバトを魔術的に接続するための魔術回路だ。リネスのレオタードに刻まれてるものと似てるが、微妙に違うところもあるようだな。なんでわざわざそんなもんを腹に付けてるんだよ。掌でもどこでも問題なかろうに。
内心ツッコミながらも、俺は言われるまま、つと右手をのばし、指先で、ツァバトの腹に触れ、ピンクの紋様を軽くなぞった。
――途端、指先から俺の肺腑へと、得体の知れぬ電流のようなものが、一瞬に駆け抜けた。
なんだ……この感触は?
「ああっ、あふん……んんっ、アークよ、感じておるか……これで汝と我は、ひとつになったのだ……」
誤解を招く言い草やめろっちゅーねん!
ようするに接続完了ってことよな。さっさと処置でもなんでも始めやがれ。なんか周囲の視線が痛いから、なるべく早めに!




