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738:ちょっとそこに座りなさい


 古城の崩れかけた壁の間から、朝日が差し込んできた。

 夜明け――天幕から這い出ると、すでにアル・アラムやパッサら年少組が、庭園跡の真ん中で朝餉の仕度に取り掛かっていた。即席の竈で大鍋を火にかけている。たぶん芋煮かなんかだな……。


 そのかたわらでは、ハネリンがいつもの日課をやっている。今日は槍を突いたり振り回したり。相変わらず型も何もなく、武術としてはいい加減なものだが、威力は凄まじい。こっちにまで槍先の風圧が届いてくるほどだ。

 まだ早朝。本当ならもう少し寝てても良かったんだが、朝っぱらから天幕の外で、なにやら竜の咆哮とか鳴き声とかが、やかましく響いていて、自然目がさめてしまった。


 庭園跡の隅のほうに、アズサとトカゲ竜どもが集まって、なにか騒いでいる。見れば、緑色の鱗の巨竜ども――二頭のヴリトラが、地面に並んで座っており、アズサがその前に立って、ぐおおん、ぐおおー、とかなんとか、厳しい声をあげている様子。

 よくよく見れば、緑のヴリトラどもは、後肢を器用に折り畳んで、上体をまっすぐあげ、背筋をピンとのばして座っている。


 つまりこれは――正座。

 ドラゴンが正座してるとこなんて初めて見たぞ。それが可能な肉体構造になってるというのも驚きだが。そういやバハムートの連中は普通に椅子に座ったり、その姿勢で車の運転までするんだよな……。ヴリトラも正座くらい、普通にできるってか。奇異な光景であることに変わりはないが。


 ようするにこれは、アズサが二頭のヴリトラどもを地面に正座させて、なにやら叱り付けてるという状況なわけだ。

 アズサは猛々しい咆哮をあげながら、時折前肢でビシっ! と二頭を厳しく指さしたりしている。そんな情景を、トカゲ竜どもが周囲をとりまきつつ、神妙に見守っている……。いや、シチュエーションはわかるが、どういう経緯でこんな状況になってるのやら。


「おーい、おまえら、何やってんだ?」


 俺は連中に歩み寄りつつ、声をあげて訊いた。


(おー、アニキさま。聞いてくれよ、こいつらさぁ……)


 アズサの念話が脳内に響く。


(よりによって、アタシをさらって、交尾するつもりだったってんだよ。ったく、ナメやがって……)


 交尾……。

 そうか。


 アズサの説明によれば、あの二頭は、同族のお相手を探してあちこち奔走してたらしい。しかし、たまたま見つけた雌ヴリトラが、よりによって邪竜王アズサだったのが運のつき。結局、返り討ちにあったあげく、正座させられ、お説教をきかされる羽目になったと。返り討ちにしたのは俺だが、べつにアズサ単独でも、結果は同じだったろうな。


(だいたいさぁ、アタシのバージンは、アニキさまにあげるって決めてんだよ。こんなフニャチンどもと交尾なんてありえねー。身の程知れってカンジ)


 ぷんぷんと怒気を発しつつ言い放つアズサ。いや、邪竜王のバージンとかいわれても困るんだが……。そりゃアズサの中身は現役JKなわけだし、気持ちはわからんでもないがな。





 クラスカの説明と異なり、俺が見たところヴリトラの知能はトカゲ竜どもと同程度はあり、ナーガのような犬猫レベルではないし、決して話が通じないわけでもない。

 はっきりとした会話ができるのは同族のアズサだけのようだが、その声や仕草などで、俺ともそこそこ意思の疎通が可能だった。


 で、正座中の二頭から、直接事情を聞いてみると、どうも現在、バハムート世界の各地に、複数の次元断裂が同時発生し、それに吸い込まれる形で、こっちの世界に飛ばされてきたらしい。他のヴリトラども……全十二頭というから、ここにいる三頭をのぞいた九頭も、それぞれ同様にこちらへ来てるんだとか。

 次元断裂の同時発生とは……こっちの世界では、そんな現象は聞いていない。だがそれらの出口は全て、こっちの世界の旧魔王城上空にある次元断裂に繋がっているらしい。人為的なものとは思えん。バハムート世界に何らかの新たな異変が生じていると考えるべきだろう。クラスカならば、なにか知ってるかもしれんな。


 事情説明を終えると、二頭のヴリトラは何思ったか、揃って俺に同行することを願い出てきた。故郷からこの世界へ迷い込み、行くあてもないので、せめて話が通じる相手に付いていきたい……とのこと。


(気持ちはわかるぜ。アタシも、ずっと迷子みたいなもんだしなー。アニキさまと出会えたときは、マジでカンドーしたしさ。ついてきたいってんなら、べつにいいんじゃね?)


 アズサがうなずいてみせた。二頭の同行に、とくに問題は感じてないようだ。トブリンらトカゲ竜どもも異存はないらしい。


「……好きにしろ」


 俺は短く応えて、承諾を与えた。正直、ヴリトラが一頭から三頭に増えたところで、俺にとっては些細な違いでしかない。力だけはありそうだし、城で土木作業の手伝いでもやらせようかね。

 二頭のヴリトラどもは、正座したまま、うれしそうにコクコクと頭を下げた。


(よかったな、おまえら。けど、アタシに変なことしようとしやがったら、ぶっ殺すからなぁ。そんだけはよーく覚えとけよ!)


 アズサがズビシッ! と釘をさすと、二頭はへこへこと平身低頭して、きゅおおぉぉ……とか、なんとも情けない声をあげた。へい姐御わかりましたー、って感じの。

 こいつら、もう完璧にアズサの舎弟だな……。仲良くしろよ。





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