735:竜王の輝き
ヴリトラの戦闘能力については、およそ把握済みだ。
なにせ俺は、アズサと一度ガチに殴り合いをやっている。
ただあのときは、アズサがステゴロ勝負にこだわり、飛び道具のたぐいはあえて使わなかったという。実際には、ヴリトラはバハムート以上の身体能力に加えて、口から超高温の火炎を放つことができる。数千人規模のエルフの軍隊を、アズサの火炎放射で、ただ一閃に焼き払ったこともあった。
そんなヴリトラが二頭。リミッター無しのアズサが二人いるようなものか。
以前の俺なら、少しは苦労したかもしれん。捕獲前提で、殺すのはNGだからな。
だが、今の俺は――。
(アニキ様、あれって――)
アズサの念話が届く。俺が応えるより先に、ルードの声が響いた。
「みなさん、速度を落としましょう。アークさんの邪魔になってしまいますからね」
俺に押し付ける気満々か……。ハナっからそのつもりだから、別にいいけどな。
そうこうしている間に、二頭のヴリトラが、無数のエメラルドを連ねたような絢爛たる鱗を輝かせて、こちらへ猛然と迫ってきた。ほぼ音速に近い。だがその黄色い両眼は、俺など見ていない。まるで小さな羽虫など眼中にもないといわんばかりに――二頭の視線は、やや後方を飛ぶアズサのほうへと注がれていた。
中身はともかく、種族的にはアズサと二頭は同族。あるいは、自分たちの縄張りに接近する同族の気配を感知して、対処しに来た……ということかもしれない。
二頭のヴリトラが同時に、大きく顎を開いた。ぐぅおおおおん……! と、天をも震わす恐ろしげな咆哮をあげる。おお、いきなり火炎放射か?
と思いきや。
不意に、二頭の両眼が、同時にキラと輝いたと見えるや、四つの眼から、それぞれ黄金色の光線っぽいものがほとばしり、アズサめがけて放たれた。
鮮やかな四本の黄金の光条が、空間を斜めに走り――俺は慌てて移動し、それらを両手両足に直接受け止め、かろうじて阻みきった。
……って待てや! 目からビームとか聞いてねえよ! 火炎放射じゃねえのかよ! ちょっと危なかったぞ、今のは。以前の俺なら、反応すらできずにアズサへの先制攻撃を許していただろう。
さいわい、威力はたいしたことなかった……せいぜい中規模の集落を跡形もなく消し去る程度のものだ。俺の服にもちょっと焦げ目がついたくらいで済んだ。ただ、アズサ本人は直撃を食らっても死なないだろうが、その背に乗ってる連中に怪我人ぐらい出たかもしれん。
二頭のヴリトラが、ぐっと俺のほうを睨みつけてきた。初撃を阻まれたことで、ようやく俺がただの羽虫でないと気付いたようだ。再びその両眼が煌き、いままさにビーム第二射を、俺めがけて放たんとしている――。
そうはさせん。
俺は二頭のヴリトラめがけ一気に急加速し、距離を詰めた。同時に口のなかで、ある呪文を素早く詠唱する。
まず右側の一頭の鼻先へ接近し、その不細工な鼻面へ――かるーく、デコピン一発。
すかさず、詠唱していた呪文を発動させる。覚えたての瞬間移動魔法だ。左側の、いま一頭の鼻先へと転移。こいつにも、おもむろにデコピン一発。
二頭のヴリトラが、続けざまに、まるでアッパーカットでも食らったように顎をはね上げて大きくのけぞり、そのままぐるんと高速一回転。空に二つの大きな輪を描くように。すでに二頭とも、完全に失神している。
……アズサと殴り合いをやってた時点では、まだ俺はただの勇者にすぎなかった。だが、状況は大きく変わっている。勇者の限界を超え、大精霊と融合し、精霊化を果たしつつある現在の俺にとって、もはやヴリトラは敵でもなんでもなく、かるーいデコピン一発で沈む程度の、ごく微弱なナマモノでしかない。とはいえ、目からビームはさすがに不意打ちすぎて、ちょっと焦っちまったけどな。
で、ヴリトラどもを抑えるついでに、レンドル直伝の瞬間移動魔法を試してみた。詠唱から発動までのタイムラグが無いに等しく、おそろしくレスポンスがいい。これなら、ただの移動手段としてだけでなく、いま試しにやったように、戦闘に組み込んでも十分実用に耐えられるだろう。レンドルのオリジナル魔法の質の高さに、今更ながら舌を巻く思いだ。
その後――俺は、気絶したヴリトラどもの鼻面を、両手にがっしと掴んで、そのまま飛行を再開した。
ヴリトラは体高十五メートルほどの巨体で、体重はおそらく二十トンぐらい。それを左右に一体ずつぶら下げてるわけで、当然めちゃくちゃ重いはずだが……今の俺にとっては、せいぜい発泡スチロールの小箱を運んでる程度の感覚でしかない。どうにも、俺は人類の常識から、物凄い速度で離れていってるように感じる。それだけ急激に精霊化が進行してるということなのだろうか。
(はー、やっぱアニキ様はつえーなぁ! そいつら、アタシと同じぐらい強いんだろ? それなのに、全然相手にならねーんだもんな!)
後方から、ゆっくりとアズサが近付いてきた。興奮気味の念話が届く。いやまあ、目からビームにはやられちまったけどな。おかげで、まったくの無傷で完勝とはいかなかった。
「なあ、アズサ。おまえはあんなふうに、目から光線出したりできるのか?」
(え? あー、どうだろ。試したことねーけど……)
「もしかしたら、できるかもしれないと?」
(んー……あ、できるかも。ちょっと試してみる)
アズサは、ぐっと首をもたげて、前方の空を見据えた。
北方、遠く薄雲に霞む山脈の影が連なっているのが、かろうじて見えている。あれはおそらく、魔王城の手前に広がっている連山帯。この大陸で最も険阻な地形とされている造山地帯だ。あの向こうに、俺の居城たる魔王城がある。
(えーっと……こうかな?)
アズサの両眼がクワッと煌き、黄金色のぶっとい光の筋が二条、碧空を横切り走った。
次の瞬間、連山帯の頂上付近に夥しい閃光が炸裂し――その一角が、あっさり崩れ落ちた。
(できたできた! そーかぁー、こうすれば良かったのかぁ! いやぁ、なんでもやってみるもんだなー!)
アズサ大喜び。なるほど、目からビームはヴリトラ本来の固有能力で、たんにアズサは使い方がわからなかっただけか。
それにしても、この威力。さっきの二頭のよりさらに強烈だったぞ。さすがはアズサ、邪竜王の名は伊達ではない……。




