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734:春嵐


 ゴーサラ城砦の主賓閣にて朝食。

 俺とリネスが砦へ戻ったころには、もう全員起床して集まってきていたらしい。


 昨夜の宴会ほどではないが、獣肉や焼き魚、新鮮な野菜や果実をふんだんに使った、なかなか豪勢なメニューが大卓に並んだ。

 ゴーサラ砦は大陸中央における魔族の物資集積拠点。なおかつ、そもそも魔族は通常の食事をあまり摂取しない。地下の繁殖奴隷どもに食わせるぶんを差っ引いても、食糧のたぐいは余りまくってるんだとか。


 魔族がメシ食わないなら、調理は誰がやってるのか? とベリス公爵に訊いてみたところ、端正な青年紳士風のシェフが姿を現し、慇懃に一礼した。

 外見はそこらの人間の若者とほぼ見分けがつかないが、かなり年季の入った男淫魔……インキュバスだ。ベリス公爵によれば、砦では古参の駐留軍幹部の一人だそうで、趣味で料理をやっているらしい。名前は畑中功。


 あの魔王城食堂の畑中洋介さんの弟らしい……。インキュバスのくせに、兄弟揃って料理好きとか、わけがわからん。だが腕前は確かなようで、とくに玉葱と挽肉のオムレツが絶品だった。リネスをはじめ、皆も夢中で食ってた。兄は和食の鉄人だったが、こちらは洋食が得意なんだとか。

 しかしなんでそんな名前なのか。元日本人としか思えないが、当人らにそんな記憶は無く、自分達の名前がそうである理由もよくわからないという。


 本来、こんなことはどうでもいい些事にすぎないが、一度気になりだすと、どうも落ち着かない。畑中兄弟。肉体的には確かにこの世界の魔族だが、中身はどうにも別物な気がしてならない。いったい何者なのか……。

 ためしにルードに訊いてみたが、さしもの大精霊ルードすら「私にもわかりませんね。どこかでデータがバグってる可能性もありますが……ツァバト先輩なら何かご存知かもしれませんよ」とのことで。ならばツァバトが待つ魔王城へ急がねばなるまい。


 朝食後、砦の外縁部に出ると、アズサとトカゲ竜どもが静かに出発の時を待ち受けていた。そこへ全員を集めて点呼を取り、それぞれ騎乗させて、さっそく北方めざして再出発。ここから魔王城までは、あと二日というところか。





 途中、悪天候にぶつかった。

 俺とルードは雲の上まで上昇可能で、その気になれば天候などおかまいなしに飛べるが、アズサやトカゲ竜どもはそうはいかない。


 春の嵐――真っ黒い雷雲が空を覆い、暴風雨が猛然と渦を巻き、吹き荒れている。これを無事に抜けるのは少々骨が折れそうだ。

 まず、飛行速度と高度を落とし、リネスやパッサが、竜どもの背に物理結界を張って同行者たちを保護しつつ、暴風に流されて互いにはぐれたりしないよう、慎重に低空を進んだ。


 ペースは落ちたものの、アズサもトカゲ竜どもも、力強い羽ばたきで悪天候を突っ切り、苦闘数時間、どうにかこの難局を乗り越え――と思いきや。

 先頭を飛ぶ俺の耳に、特徴的なアラーム音が響いた。あれだ。腕時計型の遠隔連絡ガジェット、いわゆる陛下トレーサーの呼び出しだ。このくそ忙しいときに何事か。


「おお、アークよ。ようやく繋がったな」


 ツァバトの声だ。繋がったって……もしかしてあれか。この雷雲やらの影響で、トレーサーと魔王城の接続が一時的に切れてたとか?


「アークよ、気をつけよ。いま、そちらに、少々厄介な敵性体が向かっておる」


 は? 敵性体?

 いまこの世界で、俺様に正面きって敵対する存在といえば、せいぜいバハムートくらいのものだろうが……。


「私が説明しよう。息災のようだな、王よ」


 かわってトレーサーから聴こえてきたのは、そのバハムートの黒龍クラスカの声だった。


「以前、我々の世界にいる、ヴリトラという存在について、少し話したことがあったろう。覚えているか?」

「ああ。覚えてるぞ」


 ヴリトラ。ナーガの原種にあたる古代竜であり、バハムート世界に現存するのはわずか十二体のみという。ナーガやバハムートを遥かに凌駕する戦闘能力を持ち、かつきわめて好戦的で気性が荒い……って話だったな。

 他でもない、いま同行している邪竜王アズサは、ヴリトラの一体だ。


「そのヴリトラが、先日来、どういうわけか、こちらの世界に姿を現し、方々で暴れまわっているのだ。現在確認しているのは四体。そのうち二体が、いまそちらへ向かってまっすぐに移動している」


 なんと。そんなことになってるのか。


「彼らはアズサくんとは異なり、ナーガと同程度の知能しかない。もともと対話が通じる相手ではないうえ、環境の変化によるものか、ずっと興奮状態で、手のつけようがないほど凶暴になっている」

「……つまり、そいつらの首根っこ掴んで持って来い、ってんだな?」

「可能ならば、ぜひそう願いたいが……やれそうかね?」


 ヴリトラはバハムート世界最強の乱暴者ども。だが同時に、絶滅寸前の稀少種でもあり、保護対象になっていると聞く。そのための捕獲器もわざわざ作ってるぐらいだしな。もっとも、いまこちらの手許に、その捕獲器であるドラゴキャプチャーはない。ルザリクに置いてきちまった。となれば、ぶん殴っておとなしくさせるしかあるまい。


「心配無用だ」


 応えつつ、俺は、ふと前方を振り仰いだ。

 雷雲は次第に薄まり、陽光と青空が雲間からのぞきはじめている。その彼方に、……いた。


 薄雲を裂くように、二つの黒い影が並んで、こちらへと突き進んできている。

 接近するにつれ、その姿が、よりはっきりと視認できるようになってきた。外見はアズサとよく似ている。ナーガを一回り大きくして、さらに先鋭的にしたような、無闇にトゲトゲしい翼を広げる巨大ドラゴンのシルエット。そして左右非対称の、想像を絶する不細工顔に、黄色い眼光を爛々と輝かせて、アズサより一段凶悪な面相に見える。ただ体色はアズサと異なり、どっちもキラキラした濃い緑色の鱗で全身を覆っていた。


 間違いない。あれがヴリトラだな。

 では、道中の土産をこしらえるとしようか。



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