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729:死んでも死にきれない理由


 大魔術師レンドルの幽霊。

 初対面でいきなり、くそみそにこき下ろされてしまったが、正直言って、どうとも感じない。事実だしなー。


 それに、生前いかに偉大な歴史上の人物だったとはいえ、いまは無為無力な幽霊でしかない。わざわざ俺の事情を語って聞かせる必要があるとも思えない。

 どうも地縛霊のようだし、これ以上は構わず、放っぽって帰ってしまってもよかったが……。


「あのねえ、そりゃさ、アークってまるで岸に打ち上げられたホウライエソみたいな目をしてるけど、れっきとした勇者だよ。すっごーく強いんだからね!」


 リネスが、横からなぜか必死に俺を擁護しはじめた。なんかフォローになってない気もするけど。ホウライエソってのは大きな口に長く鋭い牙を持つ、きわめて獰猛かつ不気味な容姿の深海魚だ。


(ほぉ……? まーそりゃ、タダモンじゃあねえとは思うけどよ。勇者ってんなら、証明する手段はあんだろ?)


 リネスの反発を軽く受け流しつつ、レンドルは、なお懐疑の目を向けてくる。あーもう、面倒くせえ奴だ。


「ほらよ。これでいいか?」


 俺は平服の片肌を脱ぎ、右肩をあらわにしてみせた。そこには、いわゆる聖痕という特殊な形状のアザが刻まれている。

 魔王の活動が本格化し、世界の均衡が乱れると、どこかにこの聖痕を持つ子供が生まれ、それが長じて勇者となる。


 聖痕とは、勇者が覚醒するまで、その力を封じ込めておく小型魔法陣の一種と考えるとわかりやすい。勇者が覚醒した後も、いわゆる良心回路や、土壇場での一発逆転を可能とする限界突破などの機能が稼働しており、魔王がこの世界から消滅するまで勇者に不老不死を付与する機能まである。つまりは、この聖痕こそ勇者の証であり、力の源泉でもあると。精霊化しつつある現在の俺にとっては、実はもはや、ほとんど恩恵も何もない、ただのアザだけどな。

 この聖痕や、それに付随する一連のシステムは、いわゆる超古代、大精霊シャダイが初代魔王を掣肘すべく創造し、地上に設置した安定機構の一部であると、ツァバトからは聞かされている。そこに創造者シャダイみずからが、ちょいちょいと介入して、魔王から勇者へ、ムリヤリ転生させられたのが……かくいう俺様というわけだ。


(うおお! マジか! マジだ! あの勇者野郎のと、まったく同じじゃねーか! え、マジで勇者かよテメェ! しんじらんねー!)


 レンドルが、まさに驚愕しきりという面持ちで念声を放った。そこまで意外かよ……。


「へへへ、だから言ったじゃん?」


 リネスがドヤ顔で応える。なんでそんなやけに満足気なのか。


(いやいやいや、だってよ? そんな腐った目ェしてる勇者なんてアリかよ? どーなってんだよ一体?)


 まだ言うか。腐った目で悪かったな。事実だけどな。





 幽霊ごときに、いちいち素性を語っても仕方ない気がするが……リネスがすっかりムキになってしまった。とりあえずレンドルには概要だけ、ざざっと説明しておく。

 すなわち、俺がもともとは三代目魔王であり、大精霊の策略によって三代目勇者に転生させられた身であること。


 また現状、とっくに魔王と勇者が相克を演じる古い時代は終わっており、かわって異世界からの侵略者が、この世界へ押し寄せつつあることなども。


(ははあ……テメェ本当に魔王だったんだな。俺の見立ても、べつに間違ってなかったってか。その魔王が、何の因果か勇者の力を与えられ、外敵から世界を守るために戦ってるってぇわけかい……)


 かなり大雑把な説明だったが、レンドルはきっちり要点を掴んで理解してくれた。


(いやはや、だがよ、こいつぁ泣かせる話じゃねえか。そーんな半年前のてりやきミートボールみたいな目ぇしてんのに、世界を守ろうとしてるなんてよ、見上げた意気だぜ)


 ミートボールを半年も放置してたら原型すらとどめてない気がするが……。

 あと、なんか誤解があるようだが、この世界は俺様の所有物、私有財産というべきもの。よそモンに好き勝手な真似をされてはたまらんからな。ゆえに追っ払う。それだけの話だ。べつに正義の味方を気取ってるわけではない。


「……さて、説明は終わりだ。今度はこっちからも質問していいか?」

(おう、オイラのことかい? どーせアレだろ、こんなとこで、なんで幽霊やってんのかって、そういうこったろ?)


 先に聞きたいことを言われてしまった。話が早いのはいいが、ちょっとイラっとくるのはなぜだろう。アタマは良いが性格悪いやつの典型例みたいだなコイツは。


(オイラが、こんな状態でまだここに留まってるのは、大きな心残りがあるからよ。それをどうにかしねえことにゃ、どうも安心して逝けそうにねえ――)


 レンドルが語ることには。

 生前、レンドルには、その生涯を賭けて研究していた術式があった。瞬間移動の魔法である。


 しかしレンドルが構築した術式は未完成だった。対象の物体を移動させることはできる。しかし移動先の座標が指定できず、この世でもあの世でもない場所に飛ばして、それっきりという状態になってしまう――。

 やむなくレンドルは、これを特殊な攻撃魔法として活用し、実際に何度も戦場で使用した。周囲からは、その効果がまさに神業のごとく見えたらしい。勇者とその仲間たちは、レンドルの魔法を、従来のいかなる属性にも当てはまらない――新生属性魔法と呼称して、大いに持て囃した。


 周囲が褒めてくれるのはいいが、当人としては複雑な気分を拭えなかった。肝心の瞬間移動の術式は結局完成できず、いわば出来損ないの状態のまま、本来の用途とはまったく別の目的……敵を消し去る特殊攻撃として使い続ける羽目になったからである。


(それがよ、なんとも、運命ってのは皮肉なもんでな。……戦場で吹っ飛ばしたはずの天魔の女将軍が、空間の壁を叩き割って、こちらへ戻ってきた。それを目にした瞬間、最後の術式が頭に閃いたんだ。瞬間移動の仕上げの部分……ああ、こうすりゃよかったのか、ってな。だが、それを悟ったときには、オイラはもう、その女将軍に刺し殺されちまってたのさ)


 その女将軍って、まさにアエリアのことだよな。アエリアが亜空間から通常空間へ帰還してきた姿を目の当たりにして、未完成だった術式の問題点と解決法が瞬時に閃いた……と。さすが伝説の大魔術師というべきか。


「……つまり、心残りってのは」

(ああ。オイラが死ぬ直前に完成させた、瞬間移動魔法。コイツを誰かに伝えるまでは、死んでも死にきれねえ。それでまあ、ずーっと待っていたのさ。オイラの魔法を受け継ぐだけの素養を持つ者が、ここを訪れるのをな)


 口の端を吊り上げて渋い笑みを浮かべつつ、レンドルは静かに、リネスのほうへと視線を向けた。



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