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073:隻眼の人狼

 封神玉にかかっているロックは、おそらく外部から封神玉の作動術式に干渉できないようにするための魔力プロテクト。かつて、俺が翼人の国から持ち帰った水晶玉──俺が勇者に転生するきっかけとなった──にも、初代勇者が仕掛けたプロテクトがかかっていて、チーがこれを解析してムリヤリ解除した、という例がある。封神玉の場合も、このプロテクトを解除できれば、誰でも作動術式を読み取って書き換えられるようになるはずだ。

 空中、俺にお姫さま抱っこされた状態で、封神玉と向き合うミレドア。


「ふぇー……だ、大丈夫ですかね、これー……」


 封神玉の表面には、バチバチッと電流のように魔力の火花が弾けている。ミレドアは、おっかなびっくり右手を差し出し、呪文を唱えた。


「えーっとぉ……エル・プサイ・コンガリゥ!」


 それ違う。二重の意味で違う。


「こんな状況でアホなジョークかますな」

「あ、やっぱダメですかー? えへへ」


 ミレドアがそう笑った瞬間、封神玉の表面から、あれほど激しくほとばしっていた魔力の火花が、フッと消え去った。


「あ、あれ……」


 ミレドアは、きょとんと首をかしげた。


「ん? どうやら、成功したようだな」

「え……え? いえ、でも、呪文……」

「ようは、声とか、魔力の性質とか、そのへんが鍵だったんだろう。呪文自体は、別になんでもよかったみたいだな。ともかく、お手柄だ。おまえをここに連れてきてよかったよ」

「は、はぁ……」


 いまいち納得しきれない様子のミレドア。とはいえ詳しく説明してる暇はないので、放っとく。

 続いて、俺が封神玉の表面に掌を乗せ、触れてみる。たちまち脳内にザーッと流れこんでくる情報の羅列。かつて、賢者の石を作動させたときに見た、あの0とか1とかがズラッと並んだ不思議な文字列だ。少し頭の中で「書き換え」をイメージするだけで、任意の文字列の任意の数字を、0からFまでの範囲で置き換えられるようになっている。こりゃ便利なインターフェースだな。ただ、実際に書き換えできる部分はかなり限定されていて、結界のオンオフ、特殊な魔力波のオンオフと強度調節くらいしかできないようだ。しょせんはコピー品、万能には程遠いか。


 とりあえず──すべてのデータアドレスの数字部分を0に置き換え。実行、っと。

 途端に、封神玉の表面から、青い輝きがスーッと消えうせた。魔法の浮力までオフになったらしく、しゅるしゅると急激に萎みながら、まっすぐ落っこちていく。


「おおっと。エナーリア、受け止めろ!」


 下へ向けて声をかける。エナーリアは、少々慌てながらも、ささっと両腕を伸ばして手を差し出し、見事、落ちてきた球体をキャッチした。

 よし。これで結界も消えたはず。めでたしめでたし……とはいかん。まだやるべきことが、いくつか残ってるからな。


 俺たちは祭壇上へふわりと舞い降りた。抱えていたミレドアをおろし、エナーリアと向き合う。


「……これが、封神玉……こんなものに、ずっと閉じ込められておったとは……」


 手にした封神玉を眺めつつ、感慨深げにエナーリアは呟いた。やがて小さな溜息ひとつ、俺に封神玉を差し出してくる。


「さ、どうぞ納めくだされ」

「うむ」


 俺はエナーリアの手から封神玉をつまみあげて、観察してみた。作動中はバスケットボールほどの大きさがあったのに、今ではピンポン玉くらいにまで縮んでしまっている。おまけに表面も、あのやわらかーいゼリー状ではなく、硬いガラス状に変化していた。というより、こっちが本来の形態なんだろうな。


「はー、これがさっきの……不思議な感じですねぇー……」


 ミレドアもまじまじと封神玉を見つめている。真紅の賢者の石とは対照的な、深みのある濃藍色の宝玉だ。用途が限られすぎてて、今更何かの役に立つとも思えんが、これはこれでレアなお宝だろう。貰っておくとしようか。


「おまえたちは、まだしばらく、ここにいろ。ちょっと用事が残ってるんでな。あとで今後のことを相談しよう」


 封神玉をポケットにねじ込み、そう二人に指図しながら、俺は祭壇を離れた。


「え? 用事って……」


 ミレドアが訊いてくる。


「あとで説明してやるから、いい子にしててくれ。そこでしばらく、仲良くおしゃべりでもしてろ」


 俺は二人を残して、さっさと祭壇の間を横切り、隣りのホールへ移動した。





 広大なホール状の空間。その一角に広がる血だまり、横たわる五つの死骸。むろん先ほど俺が斬り殺した人狼どもだ。面倒だから、胴体も生首も足で蹴とばして移動させ、ホールの中央付近に、ひとまとめに固めた。

 死骸の山へ両手をかざし、蘇生魔法を詠唱する。輝く白濁光が、俺の手からほとばしって、人狼どもの死骸を包みこんだ。


 この中には、首を斬り落とされた死骸が二つある。面白いことに、その二つの生首は光の中に溶けるようにして消えてしまい、なんと首無しの胴体のほうに、新しい頭が「生えて」きた。よくわからんが、粒子レベルで肉体を再構成とか、そういう理屈なんだろう。多分。

 魔力の輝きが収まると、五体の人狼どもは、一斉にもぞもぞ動きはじめた。


「ぐぅぅぅ……な、なんだ……」

「なにがどうなってる……」

「お、重い。離れろ、息苦しい」

「くぅぅん……」


 半身を起こし、周囲をきょときょと見回す者。他の者の下敷きになって呻き声をあげる者。まだ夢見心地の奴もいる。いちおう全員、正気に戻ってるようだな。


「さっさと起きろ。部隊長はどいつだ?」


 俺が声をかけると、五匹はおのおの、怪訝そうな顔つきをこちらへ向けてきた。


「……貴様は何だ?」


 一匹が、よっこらしょと立ち上がりながら、俺の声に応えた。


「エルフじゃないな。見たとこ、人間のようだが。人間が俺様に何用だ」


 この人狼、よく見ると、片目が潰れている。どうも蘇生させる以前からある古傷のようだな。蘇生魔法でも、こういうのは治らないのか。加えて、なかなかふてぶてしい面構え。かなり場数を踏んだ兵士とみた。


「おまえが部隊長か?」


 尋ねると、隻眼の人狼は、ぐっと胸をそらした。


「おうよ。クトニア様直属、片目のロンリー・ウルフ、黒狼隊長グレイセスとは、俺様のことよ」


 部隊行動してるくせにロンリーとはこれいかに。ご丁寧にクトニア直属と名乗ってるくらいだから、どうやらエナーリアの推測でおおかた正解のようだな。こいつらも対エルフ戦争の生き証人ってわけだ。


「で、貴様は何モンだ? 俺たちの任務の邪魔をするなら……」


 グレイセスは鼻息荒く俺を睨みつけてきた。無理もないことだが、ちょいと礼儀がなってないな。クトニアとやらの躾が悪かったんだろう。


「ずいぶんな言いようだな。わざわざ助けてやったってのに」

「なに……?」


 首をかしげるグレイセスへ、俺は提案を投げかけた。


「まずは、そちらの事情を聞こうか。その上で、今の状況を説明してやろう」



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