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728:澱んだ目


 早朝、ゴーサラの河畔。

 荒涼たる情景の只中に、そいつは忽然と現れた。


(てめぇ……タダモンじゃねーよな? なんか空飛んでたしよぉ)


 外見は紫のローブを着た中年のおっさんエルフで、アカギかなにかの枝を加工したっぽい短杖を手にしている。胸元には緑色の宝玉がついた細い金鎖のネックレス。

 いかにも高位の魔術師! って感じの容姿で、なにか堂々たる貫禄すら漂わせてるが、田舎町のチンピラみたいな口調が脱力を誘う。もしかしてアレか、ギャップ萌えとかいうやつか? 違うか?


 で、アエリアが言うには、コイツこそが噂の大魔術師レンドルだという。外見だけなら、なるほどイメージ通りなんだが……。

 あと、幽霊なのにきっちり服着てアクセ小物類まで完備して見えるのはどういう理屈なんだろう。同じく幽霊なアエリアと亜空間で対面したときは全裸だったのに。いや美少女は全裸のほうが嬉しいからいいけど。


「ねえねえアーク、そこに何かいるの?」


 横からリネスが訊いてくる。うーむ。幽霊を可視化する魔法……なんて、都合のいいもんはないよな。何か方法は……。

 ……あった。


「少し待て。見せてやるから」


 俺は大精霊エロヒムから受け継いだ権能……データアドレスのサーチと書き換えを実行した。さすがに一瞬というわけにはいかなかったが、あの幽霊の位置座標から該当アドレスをサーチして割り出し、属性の一部を書き換えてみた。時間にして五秒ほど。


「あっ! なんか出てきた!」


 リネスが声をあげた。堤防の残骸上に佇む魔術師風エルフの姿が、リネスの眼にも見えたようだ。もっとも、実体があるわけじゃなく、相変わらず幽霊のままだが。

 あの幽霊、物理実体はゼロだが、霊体と思念はこの場に留まっており、この世界の従属物として、いまなお能力や属性に関するデータがきっちり存在している。でもって、この世界の幽霊は、すべて不可視属性になっており、それゆえ凡人には見えないのだ。そのへんを、ちょいちょいと可視属性に書き換えてみた。こうして、実体はないが、とりあえず誰にでも姿が見える幽霊の出来上がりってわけだ。この権能、有機物や生命体にはプロテクトが掛かってて使えないんだが、幽霊は生物じゃないのでセーフらしい。


 ついでに念話の適用範囲を広げて、リネスとも対話が可能なようにしてみた。いやまったく大精霊の権能ってやつぁ便利だな。こりゃシャダイやツァバトが神様気取りで偉そうに振舞うのもわかる。生物には直接干渉できないとはいえ、実際ほとんど神に等しい力じゃないかこれは。

 それだけに、無闇に濫用すべきではないとも感じるが……エロヒムは、まさにそういうことをやってたんだよなぁ。他山の石とすべきだろう。





(んん? なんだよ、そっちのガキも、オイラが見えるんかよ)

「ああ、俺が見えるようにしたんだ」

(へえ、てめぇ、そんなこともできるんか。すげーな、やっぱタダモンじゃねーわ)


 やけに感心しきりな様子。幽霊でも驚いたり感心したり、そういう感情はきっちりあるんだな。


「んで、おまえさんは何者だ?」


 アエリアが特定してる以上、レンドルなのはもう間違いないが、一応、会話の流れとして、そう問いかけてみた。たちまち中年エルフは絵に描いたようなドヤ顔を浮かべた。


(へっ、問われて名乗るもおこがましいが、そんなに知りたきゃ教えてやんよ。聞いて驚け、音に聴こえし大魔術師――レンドルたぁ、オイラのことよ!)


 うん、知ってる。念のために聞いただけだし。


「えええええー!?」


 冷めた反応の俺とは対照的に、リネスは素っ頓狂な声をあげた。


「レンドルぅ!? あの人がっ? ウッソだぁ、あーんなガラ悪いおじさんがぁー!?」


 あー。子供ってのはどうも、身も蓋もねえな……。


(バーロー、ガラ悪いんじゃねえんだよ、チョイ悪オヤジってやつだよ!)


 その返答もたいがい大人気無いっていうか。だいたいチョイ悪ってなんだよ。ようするに小悪党ってことじゃねーの? いやどうでもいいけど。


(だが、まあ、細けぇこたぁいいや。てめぇら、オイラのことは知ってるみたいだな)

「ここはレンドルの故地だと聞いてたからな」

(そうかよ。あんのボケ勇者が、ここに勝手にオイラの墓なんか立ててやがったしな。もう流されっちまったけどよ)


 ボケ勇者って。もしかして二代目とは仲悪かったのか?


(で、今度はこっちが聞く番だよなァ。おめぇら、一体ナニモンだ? 絶対マトモじゃねえよな?)


 あらためてレンドルが訊いてきた。マトモじゃないって……幽霊に言われる筋合いは無いような気がするが。


「俺はアーク。副業で三代目勇者をやってる者だ」


 と、一応、自己紹介しておく。勇者というのが職業かどうかはともかく、俺の意識はやはり今でも魔王寄りで、勇者はどうしても副業という感覚がある。


(あぁ? 勇者ァ? テメェが? 嘘こいてんじゃねーよ)


 いきなり、くわっと眼を剥いて、レンドルが、声……というか、念を荒げた。なんかよほど気に食わないらしい。


(あのなぁ、勇者ってのはよ、すっげーお馬鹿だけど、クッソ真面目でよ、もーっとこう、キレイな目ぇしてるもんだぜ? 正義の味方ってな、そういうもんだろ。テメェはなんだ、その――まるで、たったいま地獄の底から這い上がってきたみたいな、罪と血に塗れきった澱んだ目はよ。勇者なんぞより、魔王ってほうがよっぽどピッタリくらァ)


 うん。さすが伝説の大魔術師、見事な鑑定眼。まったく反論できん。



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